直通運転ネットワーク·約2分で読めます

都営三田線直通運転ネットワーク

Toei Mita Line through-running network

東京都交通局が運営する都営三田線は、現在では東京北部から神奈川県、さらに相模鉄道(相鉄)の路線網にまで達する直通運転ネットワークの中心に位置する。しかし開業当初の長い期間、三田線は単独で運行されていた。1968年12月27日に巣鴨〜高島平間の最初の区間が開業した時点では直通運転は一切なく、その後数年をかけて三田方面へと路線がつながっていく間もその状態が続いた。1960年代初頭の当初計画では、東急が建設する別線(泉岳寺〜桐ケ谷間の仮称・東急泉岳寺線)を介して池上線や当時の田園都市線へ乗り入れる構想であったが、東急は1965年ごろにこの計画を中止し、帝都高速度交通営団(現・東京メトロ)への乗り入れへと方針を変更した。このため路線南側の直通相手は数十年にわたり決まらないままとなった。

歴史

直通運転が実現したのは2000年9月26日で、最後の区間となる三田〜目黒間(4.0 km)が開業して全線が開通すると同時に、東急目黒線との相互直通運転が始まった。その4日前の2000年9月22日には直通運転準備のダイヤ改正が行われ、ワンマン運転の開始と東急車両の運用が始まっていた。この南側延伸の特徴は、目黒〜白金高輪間が東京メトロ南北線との共用区間である点で、南北線も同じ日に目黒方面への直通運転を開始した。両事業者がこの区間で線路と駅施設を共用するのは東京の地下鉄では珍しい形態である。2008年6月22日に東急が目黒線を武蔵小杉から日吉まで延伸すると、三田線の直通運転も日吉まで延長された。

ネットワーク最大の拡大は2023年3月18日で、東急新横浜線・相鉄新横浜線が開業した。三田線の列車は東急目黒線を経由して、新たに開業した東急新横浜線と相互直通運転を行い、さらに相鉄線へは片方向直通運転を開始して、相鉄本線の海老名や相鉄いずみ野線の湘南台まで到達するようになった(一部の列車は新横浜で折り返す)。相鉄線への直通が片方向となったのは、開業時点で都営6500形が相鉄線に未対応であったためで、開業当初は東急車と相鉄21000系のみが相鉄線への直通運用に就いた。長距離運用に対応する8両編成のため、三田線は新型の6500形を導入し、2022年5月14日に運行を開始した。また相鉄の21000系も2023年の開業時から直通列車に登場している。こうして、東京北部の板橋地区、三田線本体の都心業務地区、そして横浜西方の相鉄沿線を結ぶ一本の直通回廊が形成された。

運行形態

日中、三田線の列車は三田線内では全列車が各駅停車で運転され、急行運転は東急線内のみで行われる。日中の標準的な運行では、東急目黒線を経由して日吉まで直通する列車に加え、一部は相鉄線の海老名まで(土休日の一部は湘南台まで)直通し、白金高輪で折り返す列車も設定される。目黒〜白金高輪間は東京メトロ南北線の列車も走行し、線路と駅施設を共用している。

年表

  • 19681968年12月27日、都営三田線(当時の都営6号線)の最初の区間が巣鴨〜高島平間で開業した。この時点では直通運転のない独立した地下鉄路線であった。
  • 20002000年9月22日、直通運転準備のダイヤ改正が行われ、ワンマン運転が開始されるとともに東急車両の運用が始まった。ただし未開業の三田〜目黒間は非営業扱いであった。
  • 20002000年9月26日、最後の区間となる三田〜目黒間(4.0 km)が開業して全線開通し、東急目黒線との相互直通運転が始まった。目黒〜白金高輪間は東京メトロ南北線との共用区間であり、南北線も同日に目黒方面への直通運転を開始した。
  • 20082008年6月22日、東急目黒線が武蔵小杉から日吉まで延伸開業し、これに伴って相互直通運転が日吉まで延長された。
  • 20232023年3月18日、東急新横浜線・相鉄新横浜線が開業した。三田線は東急目黒線を経由して東急新横浜線と相互直通運転を、相鉄線とは片方向直通運転を開始した(開業時は東急車と相鉄車のみ使用、都営6500形は相鉄線未対応)。相鉄本線の海老名や相鉄いずみ野線の湘南台まで到達するようになった(一部は新横浜で折り返す)。

出典

事実確認日:2026年6月3日