JR線·約5分で読めます

愛知環状鉄道線

Aichi Loop Line

愛知環状鉄道線(あいちかんじょうてつどうせん)は、愛知県を走る営業キロ45.3キロメートルの鉄道路線で、名古屋の東側を、岡崎市の岡崎駅から豊田市・瀬戸市を経て春日井市の高蔵寺駅まで結ぶ。第三セクターの愛知環状鉄道が運営する唯一の路線で、同社の株式は愛知県や豊田市などの公的主体と民間企業によって保有されており、路線・会社とも「愛環(あいかん)」と略称される。軌間は1,067ミリメートルの狭軌、電化方式は直流1,500ボルトで、車両には愛知環状鉄道2000系が用いられ、最高速度は110km/hである。名称に反して単独では環状線ではないが、両端でJRの東海道本線・中央本線と接続することにより、名古屋都市圏の東側に大きな環を描いている。沿線にはトヨタ自動車の工場や事業所が集まり、それらへの通勤輸送を担うことから、旧国鉄系の第三セクター路線としては珍しく黒字を計上している。

名古屋豊田市岡崎市瀬戸市安城市刈谷市守山区10 km
愛知環状鉄道線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線の起源は戦前の鉄道建設計画にさかのぼる。1927年3月31日の鉄道敷設法の一部改正により、「愛知県岡崎ヨリ挙母ヲ経テ岐阜県多治見ニ至ル鉄道」が予定線に編入され、岡多線(おかたせん)として計画された。鉄道省は、維持が難しいと見られた路線については鉄道建設に先立ってバス路線を設けており、1930年12月20日には岡崎 - 多治見間に岡多線の省営バスを開業した。これは最初の国鉄(省営)バス路線であり、7台のバスと10台のトラックで始まった。鉄道自体は1957年に調査線、1959年に工事線に指定された。

1964年に日本鉄道建設公団(鉄道公団)が発足するとその工事は同公団に移管され、公団は南側の岡多線と、別に計画されていた瀬戸線(瀬戸 - 稲沢間)を一体の環状線「岡多・瀬戸線」として扱った。岡崎 - 豊田間の岡多線の路盤工事は1965年8月13日に着手された。1970年10月1日、岡多線は日本国有鉄道の路線として岡崎 - 北野桝塚間(8.7km)が開業したが、これは単線かつ貨物営業のみで、主にトヨタ自動車上郷工場からの完成自動車輸送を目的としていた。

旅客営業がようやく始まったのは1976年4月26日で、北野桝塚 - 新豊田間(10.8km)が延伸開業し、当時建設されていた単線区間の全線で旅客営業が開始された。それでも列車本数は少なく、最終列車も早かったうえ、既存のバス路線との競争もあって利用は伸び悩み、1981年4月時点の平均断面輸送密度は約2,757人/日と、国鉄再建法で廃線対象となる基準の4,000人/日を下回っていた。1984年末でトヨタ自動車の自動車輸送が終了すると貨物需要も見込めなくなり、国鉄は岡崎 - 新豊田間を第3次特定地方交通線として廃止承認を申請した。

しかし結末は第三セクターへの転換となった。国鉄は1983年から検討を始め、1984年7月17日には岡多・瀬戸線(岡崎 - 高蔵寺間)の沿線である愛知県と岡崎・豊田・瀬戸・春日井の4市に対し、同線を第三セクターで運営するよう申し入れ、未開業の新豊田 - 高蔵寺間の工事はその間中断された。1985年8月19日に地元自治体が転換受け入れで合意すると、1986年9月19日に愛知環状鉄道株式会社が設立され、鉄道公団は未開業区間の建設を再開した。公団に支払う賃借料は、地元に負担を求めないよう、国鉄分割民営化後に国鉄清算事業団が継承することで決着した。

1987年4月1日の国鉄分割民営化により、岡崎 - 新豊田間は東海旅客鉄道(JR東海)が承継し、岡崎 - 北岡崎間は日本貨物鉄道(JR貨物)が第二種鉄道事業者となった。第三セクターへの転換は1988年1月31日に行われ、JR東海の岡多線が廃止されると同日、完成した新豊田 - 高蔵寺間(25.8km)が延伸開業して両端がつながり、ここに愛知環状鉄道線が全通した。これに伴い多くの駅が新たに開業し、1日の運行本数は26本から72本へと一挙に増発された。

新会社は路線を着実に改良していった。輸送力増強工事は2期にわたって行われ、中岡崎 - 北岡崎間と北野桝塚 - 三河上郷間は2001年12月までに、瀬戸市 - 高蔵寺間は2004年10月までに複線化され、2004年9月1日には最高速度が110km/hに引き上げられた。路線の最大の節目となったのは2005年日本国際博覧会(愛知万博)で、その玄関口となったのが八草駅であり、八草駅は2004年10月10日から閉幕日の2005年9月30日まで「万博八草駅」と一時改称された。2005年3月1日には愛環梅坪駅と貝津駅が開業し、同日、名古屋からJR中央線を経由する直通の「エキスポシャトル」の運転が始まり、万博の年には史上最高の輸送密度15,453人/日を記録した。

万博終了後の2005年10月1日からは、JR中央線と名古屋方面との本格的な直通運転が始まった。トヨタ自動車がマイカー通勤から公共交通機関への転換を進めたことに対応し、同社は三河豊田 - 新豊田間を複線化して2008年1月27日に使用を開始し、2008年3月15日からは同区間でピーク時に約8分間隔のシャトル列車を運行するようになった。その後、2019年3月2日にはICカード「TOICA」が利用可能となり、全国のICカードネットワークに加わった。今日の愛知環状鉄道線は輸送密度が9,000人/日以上を保つ繁忙な通勤路線であり、大名古屋圏の東側の弧に沿って点在する工場・事業所・学校へ、通勤・通学客を運び続けている。

年表

  • 19273月31日:鉄道敷設法の一部改正により、岡崎から挙母を経て多治見(岐阜)に至る路線が岡多線として予定線に編入される。
  • 193012月20日:鉄道省が岡崎 - 多治見間に岡多線の省営バスを開業。最初の省営バス路線で、バス7台・トラック10台で始まる。
  • 19658月13日:(日本鉄道建設公団により)岡崎 - 豊田間の岡多線の路盤工事に着手。
  • 197010月1日:国鉄岡多線として岡崎 - 北野桝塚間(8.7km)が開業。単線・貨物営業のみで、主にトヨタ上郷工場からの完成車輸送を目的とした。
  • 197110月1日:北岡崎信号場を駅に格上げし、北岡崎駅が開業。
  • 19764月26日:北野桝塚 - 新豊田間(10.8km)が延伸開業し、当時建設された単線区間の全線で旅客営業を開始。
  • 19847月16日:国鉄が岡多・瀬戸線の第三セクター化を愛知県と沿線4市(岡崎・豊田・瀬戸・春日井)に申し入れ。同年末にはトヨタの自動車輸送が終了。
  • 19858月19日:愛知県および沿線4市が岡多・瀬戸線(岡崎 - 高蔵寺間)の第三セクター化受け入れで合意。
  • 19865月27日:岡多線(岡崎 - 新豊田間)が第3次特定地方交通線として承認される。9月19日:愛知環状鉄道株式会社が設立。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により、岡崎 - 新豊田間はJR東海が承継し、岡崎 - 北岡崎間はJR貨物が第二種鉄道事業者となる。
  • 19881月31日:JR東海の岡多線が廃止され愛知環状鉄道に転換。新豊田 - 高蔵寺間(25.8km)が延伸開業して全通。1日の運行本数は26本から72本へ増発。
  • 200112月23日:輸送力増強第1期工事が竣工し、中岡崎 - 北岡崎間(1.9km)と北野桝塚 - 三河上郷間(2.0km)を複線化。
  • 20049月1日:最高速度を110km/hに引き上げ。10月3日:輸送力増強第2期工事で瀬戸市 - 高蔵寺間を複線化。10月10日:八草駅を「万博八草駅」に改称(愛知万博に備えて)。
  • 20053月1日:愛環梅坪駅・貝津駅が開業し、名古屋からJR中央線経由の直通「エキスポシャトル」運転開始(9月30日まで)。万博の年に史上最高の輸送密度15,453人/日を記録。10月1日:JR中央線との本格的な直通運転を開始。
  • 20081月27日:三河豊田 - 新豊田間を複線化。3月15日:同区間でシャトル列車の運行を開始し、ピーク時に約8分間隔となる。
  • 20193月2日:ICカード「TOICA」および全国相互利用の交通系ICカードが利用可能になる。

出典