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赤迫支線

Nagasaki Electric Tramway Akasako Line

赤迫支線(あかさこしせん)は、長崎県長崎市において長崎電気軌道が運営する営業距離0.3キロメートルの軌道路線で、九州に位置する。軌間1,435ミリメートルで、赤迫停留場構内を除いて全線複線、直流600ボルト・架空電車線方式で電化されている。同社の本線にまっすぐ続く形で住吉停留場から北の終点・赤迫停留場へと至り、停留場は2つしかない。事実上、本線の延伸区間であり、住吉停留場を境に二つの路線が分かれるが、すべての電車が一方からもう一方へと直通する。1号・2号・3号の各系統がこの支線を走り、いずれも本線に乗り入れて長崎駅前停留場まで運行されている。

長崎市時津町2 km
赤迫支線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この支線は、戦後に本線が浦上の谷あいを北へと延びていった先に生まれた。浦上方面の人口増加に伴い、1950年(昭和25年)9月16日に本線が大橋から住吉まで延伸され、線路は後に支線との分岐点となる地点へと達した。

赤迫支線そのものが開業したのは、その10年後である。1960年(昭和35年)5月8日に住吉から赤迫までの短い区間が開通し、赤迫が新たな北の終点として開業した。新しい終点付近の一帯はそれまで道路も未舗装で、道の端には川が流れていたが、路線の建設にあたってこの川は埋め立てられ、道路が整備された。

一時期は、線路をさらに北へ延ばそうとする構想もあった。1973年(昭和48年)には赤迫から北の滑石地区まで線路を延伸する案が発表されたが、実現には至らなかった。その後、長崎市は道路の拡幅に莫大な費用が掛かることなどから、北部への延伸を事実上断念しており、赤迫は終点のままとなっている。

この支線は、より広い路線網が経験した災害と改良をともにしてきた。1982年(昭和57年)7月23日には長崎大水害により支線を含む全線が運休し、2日後の7月25日に運行が再開された。ずっと後の2015年(平成27年)3月28日には赤迫停留場の延長工事が竣工し、終点のホームが延伸された。

近年には事故も起きている。2024年(令和6年)6月10日、赤迫停留場の手前で電車が先行する電車に追突した。負傷者はなく、運転士は眠気を催したと話したと報じられた。

今日の赤迫支線は、長崎の路面電車網の北端にある短い連絡路でありながら利用の多い区間である。1号系統が約5.5分間隔、3号系統が約6分間隔で走り、2号系統は深夜に1往復のみ運行される。これらはいずれも本線に乗り入れて長崎市中心部へと向かうため、距離こそ短いものの、この支線は市北部の郊外と都心とを結ぶ交通の多くを担っている。

年表

  • 19509月16日:浦上方面の人口増加に伴い、本線が大橋から住吉まで延伸され、線路が後の支線分岐点に達する。
  • 19605月8日:住吉 - 赤迫間が開通し、赤迫が新たな北の終点として開業。道路の端を流れていた川を埋め立てて路線を建設。
  • 1973赤迫から北の滑石地区まで線路を延伸する案が発表されるが、実現せず。長崎市は後に北部延伸を事実上断念。
  • 19827月23日:長崎大水害により、支線を含む全線が運休。
  • 19827月25日:運行再開。
  • 20153月28日:赤迫停留場の延長工事が竣工し、終点のホームが延伸される。
  • 20246月10日:赤迫停留場の手前で電車が先行電車に追突。負傷者なし。

出典

事実確認日:2026年6月14日