JR線·約4分で読めます

嵐山本線

Keifuku Arashiyama Main Line

嵐山本線(あらしやまほんせん)は、京都市下京区の四条大宮駅から右京区の嵐山駅までを西に結ぶ、京福電気鉄道が運営する営業キロ7.2キロメートルの軌道路線である。軌間は1,435ミリメートルの標準軌で、全線複線・直流600ボルトの架空電車線方式で電化され、軌道法による路面電車として最高速度は40キロ毎時に押さえられている。接続する北野線とともに「嵐山線」を構成し、通称の「嵐電(らんでん)」で広く知られ、全13駅に路線記号Aが付されている。京都に唯一残る路面電車であり、嵐山をはじめとする洛西エリアの観光地への行楽路線であるとともに、繁華街である四条通へ出るための足ともなっている。路線の大部分は新設軌道であり、西大路三条駅―山ノ内駅間と蚕ノ社駅・太秦広隆寺駅付近が併用軌道となっている。

京都中京区下京区西京区南区2 km
嵐山本線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は、1907年(明治40年)8月に神戸の川崎財閥によって設立された嵐山電車軌道によって生み出された。社長には政治家松方正義の五男である松方五郎が、取締役には川崎造船所を起こした実業家川崎正蔵の養子である川崎芳太郎が名を連ねた。同社は1906年(明治39年)12月17日に軌道特許状の下付を受けていた。鉄道事業と並んで電気供給事業も兼業しており、これは明治末期の都市間電車の発起人にしばしば見られた組み合わせであった。

軌道は1910年(明治43年)3月25日に開業し、当時京都駅と呼ばれていた現在の四条大宮駅と嵐山を結んだ。開業時に用意されたのは、川崎造船所製の木製単車20両であった。この路線によって、京都中心部から、古くから名高い風光明媚な社寺の地である嵐山への直通の連絡が生まれた。しかし電気供給事業はやがてより大きな京都電燈と競合することとなり、1918年に嵐山電車軌道は同社に合併され、以後、軌道は専用の嵐山電鉄部の下で運営されることとなった。

京都電燈の下で路線は着実に改良された。太子前駅―嵐山駅間は1925年(大正14年)2月に複線化され、全線の複線化は1928年(昭和3年)12月に完成した。この間には駅名の改称も相次ぎ、1925年11月16日には京都駅が四条大宮駅に改称された。1935年(昭和10年)6月には京都水害で紙屋川・天神川が出水して全線が不通となり、7月3日に運行を再開した。決定的な所有者の交代は1942年(昭和17年)3月2日に訪れ、路線は新たに統合された京福電気鉄道に譲渡され、以来同社が運営を続けている。

戦後の数十年で、路線は今日見られるような、大部分が四条大宮―嵐山間を単車で通し運転する小さな路面電車の形態に落ち着いた。鹿王院駅が1956年に追加される一方、東端に近い利用の少ない壬生駅は1971年に廃止された。ワンマン運転は1982年12月から段階的に導入され、1987年8月までに終日運転へと拡大された。2002年7月1日には大人200円の均一運賃が、スルットKANSAIとともに導入され、2013年3月23日には交通系ICカードの全国相互利用が始まった。この路線は2路線からなる嵐山線の一方をなし、もう一方は帷子ノ辻駅(A8)で分岐する北野線で、早朝の列車は同駅から北野線の北野白梅町駅まで直通している。

2006年度から京福は路線の個性を鮮明にする「嵐電ブラッシュ・アップ プロジェクト」を推し進めた。2007年3月19日には嵐山本線と北野線が「嵐電」の名のもとに統一され、7駅が近くの観光名所にちなんで改称され、駅番号とラインカラーが全線で正式に導入された。長らく孤立していた軌道網は、2008年1月に京都市営地下鉄東西線が太秦天神川まで延伸したことで同地下鉄との接続を得て、それに合わせて京福は2008年3月28日に嵐電天神川駅を開業した。2011年5月からは、同社はヤマト運輸の宅急便を路面電車で運ぶ取り組みも始め、2両編成のうち1両を同社専用車両とした。

今日、嵐山本線は京都を代表する観光の乗り物の一つとして定着しており、西部の郊外を抜けて嵐山へ、そして沿線の世界遺産の社寺へと観光客を運んでいる。日中の列車は10分間隔、1時間に6本で運転され、最も混雑する時間帯には2両編成となる。2023年8月26日のダイヤ改正では2両編成がラッシュ時の全列車に拡大される一方、ラッシュ時の運転本数は削減された。京都に唯一残る路面電車として、わずか7.2キロメートルの「嵐電」は、日常の地域交通としても、嵐山への懐かしい玄関口としても生き続けている。

年表

  • 190612月17日:嵐山電車軌道が軌道特許状の下付を受ける。
  • 19078月:神戸の川崎財閥により嵐山電車軌道が設立される(社長松方五郎、取締役川崎芳太郎)。
  • 19103月25日:嵐山電車軌道により京都駅(現・四条大宮駅)―嵐山駅間が開業。川崎造船所製の木製単車20両で運転された。
  • 19184月2日:京都電燈が嵐山電車軌道を合併し、路線は嵐山電鉄部の下に置かれる。
  • 19252月:太子前駅―嵐山駅間が複線化。11月16日:京都駅を四条大宮駅に改称。
  • 192812月:全線の複線化が完成。
  • 19356月29日:京都水害で紙屋川・天神川が出水し全線不通。7月3日に運行再開。
  • 19423月2日:京福電気鉄道に譲渡される。
  • 195611月27日:鹿王院駅が開業。
  • 19717月11日:四条大宮駅―西院駅間の壬生駅が廃止。
  • 198212月20日:早朝・深夜時間帯でワンマン運転を開始。
  • 19878月17日:終日ワンマン運転化。
  • 20027月1日:均一運賃化(大人200円・小児100円)と同時にスルットKANSAIを導入。
  • 20073月19日:嵐山本線・北野線を「嵐電」に統一。7駅を改称し、駅番号とラインカラーを全線で正式導入。
  • 20083月28日:嵐電天神川駅が開業し、同年1月に太秦天神川まで延伸した京都市営地下鉄東西線と接続。
  • 20115月:ヤマト運輸の宅急便を路面電車で運ぶ事業を開始し、2両編成のうち1両を貸切車両とする。
  • 20133月23日:嵐山本線・北野線で交通系ICカードの全国相互利用を開始。
  • 20238月26日:ダイヤ改正でラッシュ時の全列車を2両編成化する一方、運転本数を削減。

出典