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別所線

Bessho Line

別所線(べっしょせん)は、長野県上田市の上田駅から別所温泉駅までを結ぶ、上田電鉄が運営する営業キロ11.6キロメートルの鉄道路線である。全線単線で直流1,500ボルトで電化されており、北陸新幹線としなの鉄道が乗り入れる市の玄関口・上田駅から、千曲川を渡って塩田平を南西へ進み、「信州の鎌倉」と呼ばれる古くからの温泉地・別所温泉に至る。かつて上田周辺に広がっていた広範な郊外電車網のうち、現在まで残る唯一の路線であり、長年にわたり走った側面に丸窓を持つ「丸窓電車」で親しまれ、その丸窓は今なお当路線を象徴する意匠となっている。

上田市2 km
別所線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は軌道の特許から生まれた。1919年(大正8年)11月、上田周辺の村々を結ぶ路線について上田温泉軌道に軌道特許状が下付され、1920年(大正9年)11月にはその特許権が新設の上田温泉電軌へ譲渡された。1921年(大正10年)6月17日、同社は別所・田沢・沓掛の各温泉へ向かう湯治客を輸送するための2路線、すなわち三好町駅(現在の城下駅)から青木駅に至る青木線と、上田原駅から別所駅(現在の別所温泉駅)に至る川西線を開業した。いずれも軌道法による軌道として敷設され、最初の区間は直流600ボルトの架線で開業した。

1924年(大正13年)8月には千曲川を渡る鉄橋が完成し、青木線が三好町駅から国鉄上田駅へと延伸されて全通し、幹線網と結ばれて市中心部に終点を得た。1930年代後半に同社は路線を再編し、上田原駅 - 青木駅間を廃止して上田駅 - 上田原駅間を川西線に編入、その川西線は1939年(昭和14年)3月に軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道へと変更され、別所線と改称された。同年8月には事業者自身も「上田電鉄」(初代)へと社名を変更し、この名を初めて名乗った。

1943年(昭和18年)10月、上田電鉄は1916年(大正5年)設立の隣接事業者・丸子鉄道と合併し、上田丸子電鉄となった。最盛期のこの企業は、別所線のほか西丸子線・丸子線・真田傍陽線を合わせ、上田市と周辺の小県郡地域にまたがる計4路線48.0キロメートルの路線網を有していた。架線電圧は1953年(昭和28年)に600ボルトから750ボルトへ昇圧された。しかしその後の数十年で、利用者の減少とともに路線網は次第に縮小し、1956年(昭和31年)には残っていた青木線の線路も廃止され、他の支線も一つずつ廃止されて、別所線が最後に残る路線となった。

存続した事業の再編に伴い、社名は再び変わった。1969年(昭和44年)5月、同社はバスその他の事業への展開を反映して「上田交通」へと社名を変更し、別所線の貨物営業は1984年(昭和59年)に廃止された。1986年(昭和61年)10月1日、当線は直流1,500ボルトへ昇圧され、この近代化により新しい中古の電車が導入される一方、名高い丸窓電車を含む従来の車両はすべて引退した。終点の上田駅は1998年(平成10年)に高架化され、別所線専用の改札口が設けられた。

2005年(平成17年)には鉄道事業が新たな専業会社、ふたたび「上田電鉄」と名乗る会社へと分離され、同社が10月3日に当線の運営を引き継ぎ、同日からワンマン運転が開始された。存続した持株会社の上田交通はバスやレジャー事業に注力するようになり、同社自身は東京急行電鉄(東急)の傘下にあって、当線の後年の中古車両の多くもこの東急に由来する。2009年(平成21年)には系列の上電バス・上電タクシーが売却され、2016年(平成28年)4月1日には当線にBE01からBE15までの駅ナンバリングが導入された。

当線の現代における最大の試練は2019年(令和元年)10月13日に訪れた。令和元年東日本台風(台風19号)の増水により、上田市諏訪形地内の千曲川左岸の堤防の一部が削られ、城下駅側で千曲川橋梁が崩落して、市の玄関口のすぐ外側で線路が分断された。被害を免れた内側の区間では段階的に折り返し運転が再開され、不通区間は代行バスで連絡されたが、橋梁そのものは全面的な架け替えを要した。上田市は崩落した橋を市有化して復旧費用を支え、2021年(令和3年)3月28日、別所線は全線で運行を再開し、当日は運賃が無料とされた。同年6月、当線は1921年の開業から100周年を迎えた。

年表

  • 191911月10日:上田周辺の村々を結ぶ路線について、上田温泉軌道に軌道特許状が下付される。
  • 192011月19日:特許権が新設の上田温泉電軌へ譲渡される。
  • 19216月17日:上田温泉電軌が、湯治客輸送のため青木線(三好町〈現・城下〉 - 青木)と川西線(上田原 - 別所〈現・別所温泉〉)を軌道として開業。直流600Vで開業。
  • 19248月15日:千曲川鉄橋が完成し、青木線が国鉄上田駅へ延伸されて全通。上田駅に乗り入れる。
  • 19393月19日:川西線を軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更し、別所線に改称。8月30日:社名を上田電鉄(初代)に変更。
  • 194310月21日:丸子鉄道(1916年設立)と合併して上田丸子電鉄となる。路線網は計4路線・48.0kmに及んだ。
  • 19539月:架線電圧を600Vから750Vに昇圧。
  • 19567月25日:青木線の上田原 - 青木間を廃止、三好町 - 上田原間を単線化。路線網縮小が進み、別所線が唯一残る路線となっていく。
  • 19695月31日:社名を上田交通に変更。
  • 198411月1日:貨物営業を廃止。
  • 198610月1日:架線電圧を1,500Vに昇圧。中古の新型車が導入され、丸窓電車を含む従来車全車が営業運転を終了。
  • 19983月29日:上田駅を高架化し、別所線専用の改札口を設ける。
  • 200510月3日:上田交通から新会社の上田電鉄へ移管。同日よりワンマン運転を開始。
  • 20164月1日:駅ナンバリング(BE01〜BE15)を実施。
  • 201910月13日:令和元年東日本台風(台風19号)による増水で諏訪形地内の千曲川左岸堤防が削られ、城下駅側で千曲川橋梁が崩落。線路が分断され、内側の区間で段階的に運転を再開し、不通区間は代行バスで連絡。
  • 20213月28日:橋梁の架け替えを経て全線で運行を再開。当日は運賃を無料とした。同年6月、開業100周年を迎える。

出典