歴史
路線は1921年7月17日に津田沼 - 千葉間が一挙に開業し、電化された複線鉄道として誕生した。当時の初期京成各線と同じ軌間1,372ミリメートルで建設され、沿線の郊外化が進むにつれて、その後の数年間でいくつかの駅が追加された。1931年には京成幕張駅などが改称され、1920年代から1930年代にかけて、当線は千葉へ向かう京成の出口としての役割に定着していった。
戦中・戦後初期の年月はこの路線に痕跡を残した。1945年2月には路線の法的根拠が軌道法から地方鉄道法へと変わり、同年7月7日には千葉空襲で京成千葉駅舎が焼失した。この時期、いくつかの駅は近隣の帝国大学工学部にちなんだ名称を名乗ったのち、通常の地名へと戻っている。現在のみどり台駅は、浜海岸・帝大工学部前・工学部前・黒砂と名を変えたうえで、1971年にみどり台へと落ち着いた。
路線にとって最も重要な工事上の変更は、1959年10月10日に行われた。この日、京成本線の改軌と歩調を合わせて、軌間が1,372ミリメートルから標準軌の1,435ミリメートルへと改められた。これにより千葉線は、現代の京成ネットワーク全体と一つの直通可能な軌間で結ばれることになった。千葉市付近では線形も造り替えられた。新千葉 - 京成千葉間は1958年に移設され、1966年に単線運転で完成した高架線へと上げられ、1967年に複線化された。そして1967年12月には、新しい終端駅である国鉄千葉駅前駅(現在の京成千葉駅)が開業した。
直通運転はこの路線の現代の性格を形づくってきた。新京成線との直通運転は、1955年にごく短期間試みられただけで終わった。1992年4月1日には、千葉中央から南へ延びる千葉急行電鉄(現在の京成自身の千原線にあたる路線)との相互直通運転が始まり、2006年12月10日には新京成線との直通運転が恒常的に再開された(新京成線は2025年4月に京成へ吸収され、京成松戸線に改称された)。これらの変化には駅の改称も伴い、1987年の京成千葉駅から千葉中央駅への改称や、1991年の京成幕張本郷駅の開業などが含まれる。
近年、当線は自然災害による混乱を乗り越え、運行を調整してきた。2010年9月には台風による土砂崩れで全線が運休し、2011年3月の東日本大震災後にも運行が停止され、新京成線との直通運転はその後の計画停電によって中断されたのち、同年6月に一部再開された。長らく当線の特徴であった4両編成での運行は2018年12月のダイヤ改正で取りやめられ、6両編成が基本となったが、4両運行は2022年に復活した。今日、京成千葉線は、千葉を津田沼・松戸・都心方面の広い京成ネットワークと、さらに南へ延びる千原線とに結ぶ、混雑した郊外路線として機能している。
年表
- 19217月17日:津田沼 - 千葉間が、軌間1,372mmの電化複線鉄道として全線開業。
- 1923新千葉駅が開業(7月24日)。沿線の郊外化に伴い途中駅も追加される。
- 193111月18日:幕張駅を京成幕張駅とするなど、駅名の改称が行われる。
- 19452月20日に軌道法から地方鉄道法へ変更。7月7日、千葉空襲で京成千葉駅舎が焼失。
- 19554月21日に新京成線との直通運転を開始するも、9月1日に廃止。
- 19582月10日:千葉市付近の改良の一環として、新千葉 - 京成千葉間の線路が移設される。
- 195910月10日:京成本線の改軌と合わせて、軌間を1,372mmから標準軌1,435mmへ改める。
- 196612月17日:新千葉 - 京成千葉間の高架線が単線運転で完成。
- 19676月24日に新千葉 - 京成千葉間を複線化。12月1日に国鉄千葉駅前駅(現・京成千葉駅)が開業。
- 197110月1日:黒砂駅をみどり台駅に改称。同駅の一連の改称の最後となる。
- 19874月1日:京成千葉駅を千葉中央駅とするなど、駅名の改称が行われる。
- 19918月7日:京成幕張本郷駅が開業。
- 19924月1日:千葉中央以南で千葉急行電鉄(現・京成千原線)との相互直通運転を開始。
- 200612月10日:新京成線との直通運転が恒常的に再開される。
- 20113月11日の東日本大震災で運休。3月14日の計画停電で新京成線直通を休止し、6月27日に一部再開。
- 201812月8日:ダイヤ改正で4両編成の運行を取りやめ、6両編成が基本となる(4両運行は2022年に復活)。
出典
事実確認日:2026年6月14日