歴史
この路線は愛知電気鉄道に始まり、1920年6月8日に鉄道免許状が下付され、1924年1月15日に大江駅と西六号駅(現在の東名古屋港駅)との間が開業した。当初から直流1,500ボルトで電化されていた。支線の目的は発展しつつあった名古屋港の臨海部に達することにあり、早くから一般的な住宅地ではなく、港湾沿いの工業地帯や埋立地に奉仕する路線であった。
港湾地区の発展に伴い、路線の駅は再編されていった。1932年1月30日には2駅が改称され、東六号駅が愛電築港駅に、西六号駅が東名古屋港駅となった。愛電築港駅は、愛知電気鉄道が名古屋鉄道に統合された後の1938年12月1日に名電築港駅へと改称された。1939年10月16日には名電築港駅の旅客営業が廃止され、港への重い貨物・工場輸送を反映して路線は複線化された。
1959年9月26日、路線は近代日本史上でも有数の甚大な被害をもたらした伊勢湾台風によって不通となり、同年10月12日に運転を再開した際には、複線として再建されるのではなく単線として復旧された。1965年には、7・8・9号地に奉仕していた構外側線が、貨物専業として新たに設立された名古屋臨海鉄道へ移管された。築港線自体も長く相当量の貨物輸送を担っていたが、英語版の記述によれば、これらの貨物営業は1984年に廃止された。
十年以上にわたり、この路線には変わった隣人があった。1991年から2004年にかけてリニアモーターカーの試験線が並行して設けられており、その試験線はリニモ(東部丘陵線)が開業した後に撤去された。築港線は今も貨物時代の性格をとどめており、2駅の間にある名電築港では、貨物専業の名古屋臨海鉄道東築線と接続しており、名鉄の旅客支線を港の工業鉄道網とつないでいる。
現在の役割において、この路線は工場の勤務時間に合わせたごくまばらな旅客列車のみを運行しており、その運行は繰り返し縮小・調整されてきた。2003年3月27日のダイヤ改正で列車は2両に減車され、2005年1月15日にはトランパスの供用が始まり、2009年10月3日には4両に増車され、2011年3月26日にはワンマン運転が開始され、さらに2013年と2020年にもダイヤ改正が行われた。2024年3月16日のダイヤ改正で再び2両に減車され、それまで使用されていた5000系は3100系・3150系・9100系の2両編成に置き換えられ、築港線は名古屋の臨海鉄道時代の短いながらも特徴的な生き残りであり続けている。
年表
- 19206月8日:愛知電気鉄道に当路線の鉄道免許状が下付される。
- 19241月15日:大江駅~西六号駅(現・東名古屋港駅)間が、愛知電気鉄道により名古屋港への輸送のため、直流1,500Vで電化のうえ開業。
- 19321月30日:駅名改称(東六号駅→愛電築港駅、西六号駅→東名古屋港駅)。
- 193812月1日:愛電築港駅を名電築港駅に改称(愛知電気鉄道の名古屋鉄道への統合に伴う)。
- 193910月16日:名電築港駅の旅客営業が廃止され、複線化される。
- 19599月26日:伊勢湾台風により不通となり、10月12日に単線で復旧(複線では再建されず)。
- 19657・8・9号地の構外側線を、新設の貨物専業・名古屋臨海鉄道へ移管。
- 1984長く相当量があった当線の貨物営業が廃止される。
- 199011月25日:東名古屋港駅の営業キロを0.4km短縮。
- 1991リニアモーターカーの試験線が当路線に並行して設けられる(2004年まで稼働し、リニモ開業後に撤去)。
- 20033月27日:ダイヤ改正により2両に減車。
- 20051月15日:トランパスの供用を開始。
- 200910月3日:ダイヤ改正により4両に増車。
- 20113月26日:ワンマン運転を開始。
- 20205月7日:不定期列車を増設。
- 20243月16日:ダイヤ改正により再び2両に減車。従来の5000系が3100系・3150系・9100系の2両編成に置き換えられる。
出典
事実確認日:2026年6月14日