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筑豊線

Chikuhō Main Line

筑豊本線(ちくほうほんせん)は、福岡県を走る営業キロ66.1キロメートルの鉄道路線で、九州旅客鉄道(JR九州)が運営する。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、北九州市の若松駅から直方・飯塚を経て筑紫野市の原田駅に至り、25の駅を結ぶ。電化されているのは中央部の折尾 - 桂川間のみで、交流20,000ボルト・60ヘルツで電化されている。歴史的には筑豊炭田の大動脈であり、石炭を運ぶために建設されたが、現在は内陸の筑豊各市と福岡・北九州の都市圏とを結ぶ通勤路線となっている。路線は三つの愛称区間に分かれており、若松 - 折尾間の若松線、折尾 - 桂川間の福北ゆたか線、桂川 - 原田間の原田線である。

筑豊線の路線図 · 県境: 国土数値情報(国交省)

歴史

この鉄道は当初から石炭輸送のための私設鉄道であった。筑豊興業鉄道によって建設され、1891年8月30日に最初の区間である若松 - 直方間が開業して、若松・折尾・中間・直方の各駅が設けられた。石炭輸送が遠賀川の谷をさかのぼる急速な南進を促し、路線は1892年に小竹、1893年に飯塚へと達した。1894年に同社は筑豊鉄道へと社名を変更し、1895年には飯塚から臼井方面へと延伸して、上山田地区への足がかりを開いた。

当初から、低速の運炭列車と旅客列車を分離するために、路線は区間ごとに複線化されていった。若松 - 直方間は1893年から1896年にかけて複線化され、その最後の区間が1896年の若松 - 折尾間であった。複線化は国有化後もさらに進み、直方 - 小竹間は1906年までに、小竹 - 飯塚間は第二次世界大戦中の1942年から1944年にかけてようやく複線化された。このように繰り返された線路増設は、筑豊地方における運炭輸送の中心的存在という当線の役割を反映したものであった。

筑豊鉄道は1897年10月1日に、より大きな九州鉄道に合併され、その九州鉄道も1907年7月1日に鉄道国有法によって国有化されて、当線は官設鉄道に組み入れられた。1909年10月12日には国有鉄道線路名称の制定により、若松 - 上山田間といくつかの運炭支線をまとめて「筑豊本線」の名称が正式に定められ、一方で別個の飯塚 - 長尾間・長尾 - 豆田間は長尾線とされた。

原田への直通経路は、その後の二十年あまりをかけて段階的に完成した。長尾線は1928年7月15日に長尾から筑前内野まで延伸され、1929年12月7日には最後の区間である筑前内野 - 原田間が開業して、筑前山家駅が設けられた。この開業により、若松 - 飯塚間の本線と長尾線、そして新線が一本の若松 - 原田間の筑豊本線にまとめられ、飯塚 - 上山田間は別の上山田線として分離された。1940年には、路線南側の分岐点に近い長尾駅が桂川駅へと改称された。

二十世紀半ばを通じて、筑豊本線は日本でも有数の運炭鉄道であり続け、1975年まではパシフィック機や貨物用の蒸気機関車によって運行され、また1950年から1985年にかけては本州と九州とを折尾・原田経由で結ぶ特急・急行・寝台列車が相次いで走っていた。しかし筑豊炭田は枯渇していった。炭鉱は1976年までに全て閉山し、本線に石炭を供給していた運炭支線網も廃止され、1987年の国鉄分割民営化の後には並行する上山田線も1988年に廃止された。最後の直通優等列車であった寝台特急「あかつき」は1985年に当線の経由を取りやめた。

1987年4月1日の国鉄分割民営化に伴い、筑豊本線はJR九州に引き継がれて全線を同社が運営し、日本貨物鉄道(JR貨物)が折尾 - 直方間の第二種鉄道事業を担った。福岡都市圏の人口増加とともに、当線は通勤路線へと生まれ変わった。2001年10月6日には折尾 - 桂川間が交流20,000ボルト・60ヘルツで電化され、同時にJR九州は今日まで使われている運転系統別の愛称を導入した。電化された折尾 - 桂川間には(篠栗線と合わせて博多方面へ通じる)「福北ゆたか線」、非電化の若松 - 折尾間には「若松線」、非電化の桂川 - 原田間には「原田線」の愛称が付けられた。

以来、三つの区間はそれぞれ大きく異なる性格を帯びてきた。複線でありながら非電化のまま残された若松線は、蓄電池電車の試験投入区間に選ばれ、現在はBEC819系「DENCHA」によって運行されている。電化された福北ゆたか線は、北九州・直方・博多の間で密度の高い電車による通勤輸送を担っている。冷水峠を越える、利用の少ない原田線は、1日にわずかな気動車が走るのみであり、2018年7月の豪雨で線路が被災して桂川 - 原田間が運休し、およそ8か月の運休を経て2019年3月9日に運転を再開した。

年表

  • 18918月30日:筑豊興業鉄道が最初の区間である若松 - 直方間を開業し、若松・折尾・中間・直方の各駅を新設。
  • 189210月28日:直方 - 小竹間を延伸開業し、小竹駅を新設。
  • 18937月3日:小竹 - 飯塚間を延伸開業し、鯰田・飯塚の各駅を新設。
  • 18948月15日:筑豊興業鉄道が筑豊鉄道に社名変更。
  • 18954月5日:飯塚 - 臼井間を延伸開業し、上山田方面への路線が開かれる。
  • 18964月29日:若松 - 折尾間を複線化し、若松 - 直方間の複線化が完成。
  • 189710月1日:筑豊鉄道が九州鉄道に合併。
  • 19077月1日:鉄道国有法により九州鉄道が買収され、当線は官設鉄道となる。
  • 190910月12日:国有鉄道線路名称の制定により、若松 - 上山田間などが筑豊本線、飯塚 - 長尾間・長尾 - 豆田間が長尾線となる。
  • 19287月15日:長尾線の長尾 - 筑前内野間が延伸開業し、上穂波駅・筑前内野駅を新設。
  • 192912月7日:筑前内野 - 原田間が延伸開業(筑前山家駅を新設)。若松 - 飯塚間・長尾線・新線を合わせ若松 - 原田間を筑豊本線とし、飯塚 - 上山田間を上山田線として分離。
  • 19853月14日:寝台特急「あかつき」の乗り入れを廃止し、以降は当線経由の優等列車がなくなる。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により、九州旅客鉄道が全線を、日本貨物鉄道が折尾 - 直方間の第二種鉄道事業を承継。
  • 200110月6日:折尾 - 桂川間を交流20,000V・60Hzで電化し、「福北ゆたか線」(折尾 - 桂川間)・「若松線」(若松 - 折尾間)・「原田線」(桂川 - 原田間)の愛称を付与。
  • 20187月6日:平成30年7月豪雨で桂川 - 原田間の線路が被災し運休。
  • 20193月9日:桂川 - 原田間の運転を再開(約8か月ぶり)。

出典