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9号線千代田線

Chiyoda Line

千代田線(ちよだせん)は、東京メトロが運営する営業キロ24.0キロメートルの高速鉄道(地下鉄)路線で、東京都心部を西の代々木上原から北東の綾瀬まで結び、さらに北綾瀬への短い分岐線を持つ。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、架線による直流1,500ボルトで電化されており、路線図では緑色、路線記号は「C」で表される。千代田区にちなんで名付けられたこの路線は、東京メトロでも最も利用者の多い路線の一つで、2017年には1日平均約145万人を輸送し、これは東西線に次いで同ネットワークで二番目に多い。この路線は長く続く相互直通運転でもよく知られており、地下鉄区間の両端からさらに路線を伸ばして、北東ではJR東日本の常磐線へ、南西では小田急小田原線へと乗り入れ、小田急の特急ロマンスカーの直通も含む。

東京文京区台東区江東区板橋区北区新宿区5 km
9号線千代田線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は、1962年の都市交通審議会答申に端を発する。同答申は、南西の喜多見方面から北東の松戸方面に至る路線を東京8号線として示した。同じ年の8月、建設省告示によりこの路線は東京9号線へと改番された。これは、この時計画が決まった現在の有楽町線が東京8号線となったためである。1964年の改定では、北東端での常磐線との、南西端での小田急小田原線との直通接続が定められ、同年12月16日には、喜多見と綾瀬を結ぶ全長 32.5 キロの都市計画9号線として確定された。

営団(帝都高速度交通営団)は1964年4月に第9号線綾瀬―代々木上原間の建設を正式に決定し、1966年7月30日に最初の区間である北千住―大手町間の建設工事に着手した。1969年9月に路線名が「千代田線」と決定され、同年12月20日に最初の区間である北千住―大手町間(9.9キロ)が開業した。この開業により、営団の総営業キロは100キロを突破した。当初は全列車が3両編成の5000系で運転され、6000系はまだ試験段階であった。輸送力は急速に増強され、1970年12月には5両編成化され、1971年3月20日に大手町―霞ケ関間(2.2キロ)が開業すると6000系が営業運転を開始して、10両編成での運転となった。

この路線を象徴することになる相互直通運転は、1971年4月20日、綾瀬―北千住間(2.6キロ)の開業とともに北東端で始まった。日本国有鉄道(国鉄)常磐線(緩行)の我孫子まで相互直通運転が開始され、これにより綾瀬―北千住間が運賃計算上常磐線との重複区間となった。続いて1972年10月20日に霞ケ関―代々木公園間(6.2キロ)が開業した。最後まで未着工で遅れていた代々木公園―代々木上原間(1.0キロ)は1978年3月31日に開業して全線が完成し、同日、小田急小田原線の本厚木まで相互直通運転が開始された(当初は平日朝夕のみで、小田急線内は準急として運転)。

1979年12月20日には、綾瀬―北綾瀬間(2.1キロ)の短い分岐線が開業し、それまで車庫線だった区間が旅客扱い化された。1982年11月15日には、常磐線への直通区間が朝夕ラッシュ時に限り取手まで延長され、新造の203系がこれに当たった。1987年4月1日の国鉄分割民営化に伴い、東端での直通運転の相手は東日本旅客鉄道(JR東日本)となった。2004年4月1日には営団そのものが民営化され、千代田線は旧営団の他の路線と同様に、新たに設立された東京地下鉄株式会社(東京メトロ)に承継された。

1995年3月20日、千代田線は地下鉄サリン事件の被害を受けた路線の一つとなった。その後の数年間に路線は着実な改良を重ね、うち1999年には全線の保安装置が新CS-ATCに切り換えられ、2006年5月15日からは朝ラッシュ時に女性専用車が導入された。相互直通運転における画期的な出来事は2008年3月15日に訪れ、小田急の全車指定席特急ロマンスカー(60000系「MSE」)が千代田線へ乗り入れを開始した。これは、日本の地下鉄路線を走る初めての定期の全車指定席特急であった。

近年の変化も、車両と相互直通運転の姿を変え続けている。16000系が2010年11月に営業運転を開始し、初代の6000系は半世紀近くにわたった運用ののち、2018年11月11日に営業運転を終了した。2019年3月16日には北綾瀬駅のホームが10両編成対応に延伸され、代々木上原―北綾瀬間で直通運転が開始されて、かつての支線のシャトル運転が格上げされた。小田急多摩線との相互直通運転は2022年3月に廃止され、その後2025年3月に再開された。今日、千代田線は、西の小田急沿線から東京の中心を貫き、北東の常磐線方面へと抜ける、緑色の都心の幹線であり続けている。

年表

  • 1962都市交通審議会答申で喜多見―松戸方面の路線が東京8号線として示され、8月の建設省告示で東京9号線へ改番される。
  • 196412月16日:喜多見―綾瀬間32.5キロの都市計画9号線として確定され、常磐線・小田急小田原線との直通接続が定められる。
  • 19667月30日:最初の区間である北千住―大手町間の建設工事に着手。
  • 196912月20日:最初の区間北千住―大手町間(9.9キロ)が開業(9月に「千代田線」と命名)。この開業で営団の総営業キロが100キロを突破。全列車3両編成の5000系で運転。
  • 19713月20日:大手町―霞ケ関間(2.2キロ)開業、6000系が営業運転を開始し、10両編成化。4月20日:綾瀬―北千住間(2.6キロ)開業、国鉄常磐線(緩行)我孫子との相互直通運転を開始。
  • 197210月20日:霞ケ関―代々木公園間(6.2キロ)が開業。
  • 19783月31日:最後の区間代々木公園―代々木上原間(1.0キロ)が開業して全線完成。同日、小田急小田原線本厚木まで相互直通運転を開始。
  • 197912月20日:綾瀬―北綾瀬間の分岐線(2.1キロ)が開業(車庫線の旅客扱い化)。
  • 198211月15日:常磐線への直通区間を朝夕ラッシュ時に限り取手まで延長、203系が営業運転を開始。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化に伴い、東端の直通運転の相手がJR東日本となる。
  • 19953月20日:地下鉄サリン事件が発生し、千代田線が被害を受けた路線の一つとなる。
  • 20044月1日:帝都高速度交通営団の民営化により、新たに設立された東京地下鉄(東京メトロ)に承継される。
  • 20065月15日:朝の通勤時間帯に女性専用車両を導入。
  • 20083月15日:小田急の全車指定席特急ロマンスカー(60000系「MSE」)が千代田線へ乗り入れを開始。日本の地下鉄路線を走る初の定期全車指定席特急となる。
  • 201811月11日:初代の6000系が、半世紀近くの運用ののち営業運転を終了。
  • 20193月16日:北綾瀬駅のホームが10両編成対応に延伸され、代々木上原―北綾瀬間で直通運転を開始。

出典