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道明寺線

Domyoji Line

道明寺線(どうみょうじせん)は、近畿日本鉄道(近鉄)が運営する全長わずか2.2キロメートルの短い単線の支線で、大阪府藤井寺市の道明寺駅から大阪府柏原市の柏原駅までを結ぶ。軌間1,067ミリメートルの狭軌、直流1,500ボルトで電化され、駅は3つしかなく、終日1編成の2両編成の電車が折り返し運転を行うだけである。規模こそ小さいが、近鉄の全路線の中で最も歴史が古く、大和川を挟んで柏原市と藤井寺市・羽曳野市方面を直接結ぶ唯一の路線である。

大阪柏原市藤井寺市八尾市羽曳野市平野区美原区2 km
道明寺線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は河陽鉄道が、1898年(明治31年)3月24日に柏原 - 道明寺間を開業させたことに始まる。同社の狙いは、大阪と南河内地方を結び、また高野山への参詣客を当て込んで、現在の関西本線にあたる幹線へとこの地域を連絡することにあった。開業当初の鉄道は電車ではなく、蒸気機関車牽引、そして1908年からは蒸気動車による運転で営まれていた。

河陽鉄道の経営はほどなく破綻した。1899年(明治32年)5月11日、その路線は河南鉄道に引き継がれ、同社は路線を継承してさらに延伸を進め、やがて現在の河内長野駅まで達した。河陽鉄道・河南鉄道の時代には、毎年3月の道明寺天満宮の菜種御供大祭の時期に、湊町(現在のJR難波)から道明寺まで臨時の直通列車が運行された。

1911年には途中駅として大和橋駅が開業した。河南鉄道は1919年(大正8年)3月8日に大阪鉄道へと社名を変更し、規模を拡大した同社は、道明寺で分岐して大阪市内へ直接乗り入れる自社の路線の建設に着手した。大阪天王寺(現在の大阪阿部野橋で、今日の南大阪線の中心)へ至るその新たな直通路線が1923年に開通すると、もとの道明寺 - 柏原間は本線格から短い支線へと格下げされた。古市方面から見て、道明寺を出た南大阪線が西へカーブするのに対し、古い道明寺線がまっすぐ北上するのは、このためである。

道明寺線の全線が電化されたのは1924年(大正13年)6月1日である。同じ日に途中の大和橋駅は柏原南口駅と改名され、大和川の対岸にある現在の所在地へ移転した。(英語の資料では電化を1923年とし、新しい大阪線の開通と混同していることがあるが、日本側の記録ではこの支線自体の電化は1924年とされており、本稿でもその年を採る。)1936年(昭和11年)2月21日には河内大和地震が発生し、大和川橋梁を含む複数の橋脚に被害が及び、各所で軌道が沈下した。

この路線は戦時下の統合によって近鉄の一員となった。1943年(昭和18年)2月1日に関西急行鉄道が大阪鉄道を合併し、1944年(昭和19年)6月1日には関西急行鉄道と南海鉄道の合併によって近畿日本鉄道(近鉄)が発足、以後、道明寺線はその一部であり続けている。自動列車停止装置(ATS)は1968年(昭和43年)9月26日に使用が開始された。

近年の道明寺線は、運行本数を徐々に減らしてきた静かな通勤路線である。昼間時の運転本数は1990年(平成2年)3月15日に毎時3本から4本へ増発されたが、利用客の減少と両端での接続の変化により、2006年(平成18年)3月21日に毎時3本へ、2012年(平成24年)3月20日に毎時2本へと減便された。ワンマン運転は1999年(平成11年)3月16日に始まった。同年6月下旬には大雨で大和川が増水して橋梁上の線路が故障し、始発から全面運休となり、7月7日に復旧するまで代行バスが運行された。

今日の道明寺線は、関西地方でもっとも歴史の古い鉄道のひとつとして存続しており、その長い歩みは2018年に評価された。大和川橋梁や複数の溝橋・陸橋を含む土木構造物群が「近鉄道明寺線鉄道構造物群」として、土木学会の選奨土木遺産に選ばれたのである。行き違い設備のない全線単線を1編成の電車だけで運転し、築100年を超える橋梁で大和川を渡るこの路線は、いまも昔と変わらず、柏原と藤井寺の間で通勤・通学客を運び続けている。

年表

  • 18983月24日:河陽鉄道が柏原 - 道明寺間を開業し、当線の起源となる。
  • 18995月11日:経営破綻した河陽鉄道の路線を河南鉄道が継承し、後に現在の河内長野方面へ延伸する。
  • 1908電化以前のこの時期、蒸気機関車に加えて蒸気動車が導入され、運転に用いられる。
  • 191111月12日:途中駅として大和橋駅が開業。
  • 19193月8日:河南鉄道が大阪鉄道に社名変更。
  • 1923大阪鉄道が道明寺で分岐して大阪天王寺(現・大阪阿部野橋)へ至る新たな直通路線を開通させ、もとの道明寺 - 柏原間は支線となる。
  • 19246月1日:道明寺線の全区間が電化。大和橋駅を柏原南口駅に改名のうえ、大和川対岸の現所在地へ移転。
  • 19362月21日:河内大和地震により大和川橋梁を含む複数の橋脚に被害、各所で軌道が沈下。
  • 19432月1日:関西急行鉄道が大阪鉄道を合併。
  • 19446月1日:関西急行鉄道と南海鉄道の合併により近畿日本鉄道(近鉄)が発足し、当線は近鉄の路線となる。
  • 19689月26日:自動列車停止装置(ATS)の使用を開始。
  • 19903月15日:昼間時の運転を毎時3本から4本に増発。
  • 19993月16日:ワンマン運転を開始。6月27日:大和川の増水で橋梁上の線路が故障して全面運休、代行バス運行ののち7月7日に復旧。
  • 20063月21日:昼間時の運転を毎時4本から3本に減便。
  • 20123月20日:昼間時の運転を毎時3本から2本に減便。
  • 2018大和川橋梁や複数の溝橋・陸橋を含む土木構造物群が「近鉄道明寺線鉄道構造物群」として土木学会選奨土木遺産に選定される。

出典