歴史
この路線は国が建設した軽便線として始まった。1913年9月15日、国有鉄道が五稜郭 - 上磯間(約8.8キロメートル)を上磯軽便線として開業した。この短い路線は1922年9月2日に上磯線と改称され、その後、津軽海峡沿いに南西の江差町方面へと段階的に延伸されていった。
延伸は三段階で行われた。1930年10月25日に上磯 - 木古内間(29.0キロメートル)が、1935年12月10日に木古内 - 湯ノ岱間(21.4キロメートル)が、そして1936年11月10日に最後の湯ノ岱 - 江差間(20.7キロメートル)が開業し、五稜郭 - 江差間が全通した。これと同時に全線が江差線と改称された。
20世紀の残りを通じて、江差線は日本国有鉄道(国鉄)の路線であった。1987年4月1日に国鉄が分割民営化されると、北海道旅客鉄道(JR北海道)が第一種鉄道事業者として全線を承継した。とりわけ五稜郭 - 木古内間は、わずかな地域輸送にとどまらず重要性を増していった。この区間が、1988年に開業した北海道と本州を結ぶ海底ルートである青函トンネル・海峡線への取り付け区間に当たっていたためである。「白鳥」「スーパー白鳥」などの特急や夜行の「はまなす」が、青森 - 函館間の津軽海峡線の一部として、この五稜郭 - 木古内間を走っていた。
しかし江差線の末端部は利用が少なく、不採算であった。2014年5月12日、JR北海道は木古内 - 江差間(42.1キロメートル)の運輸営業を廃止し、江差への鉄道輸送は終了して、五稜郭 - 木古内間が路線の存続区間として残された。
決定的な転機は北海道新幹線によってもたらされた。2016年3月26日に新青森 - 新函館北斗間で新幹線が開業すると、並行する在来線の五稜郭 - 木古内間(37.8キロメートル)はJR北海道から新たに設立された道南いさりび鉄道へ移管され、道南いさりび鉄道線と改称された。これは2006年のふるさと銀河線の廃止以来、北海道で初めてJR路線が第三セクターに転換された事例であった。移管直前の2016年3月22日には、木古内駅構内付近の架線が、新幹線および海峡線と接する区間で用いられる高い電圧に合わせて25,000ボルトに昇圧された。旅客向けには、新事業者がJRから引き継いだキハ40形気動車を運行している。
小さな地域鉄道ではあるものの、道南いさりび鉄道線は依然として重要な貨物の大動脈であり続けている。移管後もJR貨物が第二種鉄道事業者として全線で運行を続けており、五稜郭機関区所属のEH800形電気機関車が牽引する多数のコンテナ貨物列車が走り、海峡線と青函トンネルを経て本州へとつながっている。希薄な旅客輸送ではなく、この貨物としての役割こそが路線の存在意義の中心であり、北海道と日本本土を結ぶ全国的な鉄道網に直結している。
年表
- 19139月15日:国有鉄道上磯軽便線として、五稜郭駅 - 上磯駅間(5.4 M≒8.8km)が開業。
- 19229月2日:上磯線に改称。
- 193010月25日:上磯駅 - 木古内駅間 (29.0km) が延伸開業。
- 193512月10日:木古内駅 - 湯ノ岱駅間 (21.4 km) が延伸開業。
- 193611月10日:湯ノ岱駅 - 江差駅間 (20.7 km) が延伸開業し、五稜郭駅 - 江差駅間が全通。同時に江差線に改称。
- 19874月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)が第一種鉄道事業者として全線を承継。
- 1988青函トンネル・海峡線が開業し、北海道と本州が鉄道で結ばれる。江差線の五稜郭 - 木古内間はその取り付け区間に当たり、津軽海峡線の特急(白鳥・スーパー白鳥)や夜行「はまなす」が走った。
- 20145月12日:JR北海道が木古内駅 - 江差駅間 (42.1 km) の運輸営業を廃止し、江差への鉄道輸送が終了。
- 20156月29日:道南いさりび鉄道による五稜郭駅 - 木古内駅間 (37.8 km) の第一種鉄道事業許可を、国土交通省が認可。
- 20163月22日:木古内駅構内付近の架線が、新幹線・海峡線と接する区間に合わせて交流25,000V・50Hzに昇圧。
- 20163月26日:北海道新幹線(新青森 - 新函館北斗)開業に伴い、五稜郭駅 - 木古内駅間 (37.8 km) がJR北海道から道南いさりび鉄道に移管され、「道南いさりび鉄道線」に改称。2006年のふるさと銀河線廃止以来、北海道で初のJR路線の第三セクター転換。
出典
事実確認日:2026年6月14日