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江波線

Hiroden Eba Line

江波線(えばせん)は、日本の広島市中区内を全線にわたって走る、広島電鉄(広電)の営業キロ2.6キロメートルの軌道路線(路面電車)である。広島電鉄本線から土橋で分岐し、舟入地区を南へ進んで終点の江波に至り、全部で7つの停留場を持つ。全線が複線で、軌間1,435ミリメートルの標準軌、直流600ボルトの架空電車線方式で電化されており、最高速度は40キロメートル毎時、広電の駅ナンバリングでは路線記号Eが与えられている。江波の先には江波車庫と広電江波営業所がある。

広島南区西区2 km
江波線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は戦時下の工業に由来する。1943年、当時の江波町(現在の江波沖町)の造成埋立地に三菱重工広島造船所の江波工場が操業を開始し、この工場への通勤輸送を強化する目的で、軍の要請により軌道路線が建設されることになった。最初の区間である土橋 - 舟入本町間は、1943年12月26日に複線で開業した。

建設は翌年も続いた。1944年6月20日には舟入本町 - 舟入南町間が単線で延伸開業した。戦時中はむしろ縮小が進み、1944年6月10日に上舟入停留場が営業休止、1945年2月1日には舟入仲町 - 舟入川口町間が営業休止となったのち、1945年3月7日に全線が複線化された。

1945年8月6日、広島への原爆投下により全線で運行が休止された。復旧には2年余りを要し、路線が全線復旧したのは1947年11月1日のことで、このとき舟入南町停留場が江波口停留場に改称され、休止していた舟入仲町・舟入川口町の各停留場が営業を再開し、上舟入停留場は廃止された。

戦後の一連の改変が、この路線に現在の姿を与えた。1952年には舟入仲町停留場が舟入町停留場に改称された。1954年1月8日には軌道が100メートル延長され、江波口停留場が現在の江波停留場付近に移転し、旧来の場所はグランド口停留場と改称された。舟入幸町停留場は1959年11月1日に開業し、1963年に江波口停留場が現在の江波という名称となった。

路線の建設理由であった江波工場へは、ついに到達しなかった。江波停留場は今なお三菱の工場まで約1.3キロメートル手前で止まっており、この区間を結ぶ具体的な延伸計画は具体化していない。それでも当線はよく使われる地域の足となり、沿線の広島市立舟入高等学校や広島県立広島商業高等学校などへ多くの通学利用者を集め、江波中学校は舟入町停留場周辺の居住者に限り、例外的に路面電車での通学を認めている。

2010年代に入り、当線は直通運転を得た。超低床電車の導入により白島線との直通運転が可能になると報じられたのち、広電は新型の超低床車両1000形を導入し、2013年2月15日から土橋・八丁堀を経由する江波 - 白島間の直通運転を開始した。現在、当線は主に6号線(本線経由で広島駅まで)と8号線(横川線経由で横川駅まで)によって運行され、9号線が白島への直通運転を担う。南側の舟入南町停留場は2019年4月1日に舟入南停留場へ改称され、2026年3月28日に予定されているダイヤ改正では日中の減便が見込まれている。

年表

  • 194312月26日:最初の区間である土橋 - 舟入本町間が複線で開業。三菱江波工場への輸送のため軍の要請で建設された。
  • 19446月10日:上舟入停留場が営業休止。
  • 19446月20日:舟入本町 - 舟入南町間が単線で開業。
  • 19452月1日:舟入仲町 - 舟入川口町間が営業休止。
  • 19453月7日:全線複線化。
  • 19458月6日:原爆投下により、全線で運行休止。
  • 194711月1日:全線復旧。舟入南町が江波口に改称、舟入仲町と舟入川口町が営業再開、上舟入が廃止。
  • 1952舟入仲町停留場が舟入町停留場に改称。
  • 19541月8日:軌道を100m延長し、江波口停留場が現在の江波停留場付近に移転。旧江波口停留場はグランド口停留場に改称。
  • 195911月1日:舟入幸町停留場が開業。
  • 1963江波口停留場が江波停留場に改称。
  • 20132月15日:超低床車両1000形が運行開始し、白島線との直通運転(江波 - 八丁堀 - 白島)を開始。
  • 20194月1日:舟入南町停留場が舟入南停留場に改称。
  • 20263月28日(予定):ダイヤ改正により日中期間帯などに減便。

出典