JR線·約4分で読めます

叡山本線

Eizan Main Line

叡山本線(えいざんほんせん)は、叡山電鉄(えいでん)が運営する営業キロ程5.6キロメートルの鉄道路線で、全線が京都市左京区内を走る。京阪鴨東線と接続する出町柳駅と、比叡山の山裾にある八瀬比叡山口駅とを結ぶ。軌間は1,435ミリメートルの標準軌でありながら、電化方式は直流600ボルトという、日本の鉄道としては特異な組み合わせをもつ。全線複線で駅数は8駅。京都北部の住宅地を結ぶ生活路線であるとともに、終端で接続する叡山ケーブル・ロープウェイとともに、市街地から比叡山へのアクセスルートの一部を形成している。

京都中京区上京区2 km
叡山本線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

当線は1925(大正14)年9月27日、京都電燈(京都電灯会社)によって出町柳駅 - 八瀬駅(現在の八瀬比叡山口駅)間が開業して始まった。路線は同社の叡山電気鉄道部の下に置かれ、この名がのちの「叡電」の呼称の由来となった。開業当時の集電方式は、2本のポールで2本の架線から集電する架空複線式(ダブルポール)であったが、1930(昭和5)年2月に一般的な架空単線式に変更された。

1928(昭和3)年12月には、子会社の鞍馬電気鉄道が現在の鞍馬線の最初の区間を開業し、山端駅(現在の宝ケ池駅)で分岐して同駅が接続駅となった。鞍馬電気鉄道は1929(昭和4)年12月に全通し、出町柳駅 - 山端駅 - 鞍馬駅間で直通運転が始まった。この鞍馬線との直通運転は以後一貫して続いている。初期の数十年には障害もあり、1935(昭和10)年6月29日には鴨川水害により全線が不通となり、翌朝に出町柳駅 - 三宅八幡駅間で一部運行が再開された。

1942(昭和17)年3月2日、路線は京福電気鉄道に譲渡され、以後四十年にわたり同社が運営することとなった。第二次世界大戦は路線にも影を落とし、1944(昭和19)年5月には山端駅 - 八瀬駅間が不要不急線として単線化されて資材が供出され、1951(昭和26)年7月1日に再複線化された。1943(昭和18)年7月には京都市電の東山線が延伸して当線と平面交差し、1949(昭和24)年12月からは元田中駅 - 山端駅間で市電が乗り入れて走った。これは宝ケ池の市営競輪場へ観客を輸送するため、競輪開催日のみ運行されるものであった。この直通運転は1955(昭和30)年9月1日に終了した。

1970年代末には、路線は鉄道網の他線から切り離されていた。1978(昭和53)年10月1日に京都市電が廃止されると、その交差点は踏切に変わり、他の鉄道との線路連絡が絶たれた。その数週間後の1978年10月19日には、日本国内で最後まで残っていたトロリーポール集電が廃止され、全車がパンタグラフ化された。1986(昭和61)年4月1日、運営は新たに設立された叡山電鉄に移された。同社は、他線から孤立した叡電路線の多額の赤字に対処するため、1985(昭和60)年に京福によって設立されていた。新しい運営会社は1987(昭和62)年12月から自動列車停止装置(ATS)を設置し、同時にワンマン運転を開始した。

路線の状況は、1989(平成元)年10月5日の京阪鴨東線開業によって転換した。同線は出町柳に新たな京阪の駅を設け、叡山の路線を再び広い鉄道網につなげた。これによる輸送需要は叡電の赤字を大きく減らした。1994(平成6)年3月23日には大規模なダイヤ改正が行われ、平日・休日とも多数の列車が増発された。路線北端の終着駅は、八瀬駅として開業した後、1965(昭和40)年に現地の遊園地にちなんで八瀬遊園駅に改称され、その遊園地が2001(平成13)年に閉園したのを受け、2002(平成14)年3月10日に八瀬比叡山口駅へと再び改称された。

2002(平成14)年には、京福が保有する叡山電鉄の全株が京阪に譲渡され、叡山電鉄は京阪電気鉄道の完全な子会社となった。以後、路線は観光としての役割を強めており、特徴的な意匠の観光用車両「ひえい」が2018(平成30)年3月21日に運転を開始し、2023(令和5)年4月1日には茶山駅が近くの芸術大学にちなんで茶山・京都芸術大学駅に改称された。現在、標準軌・600ボルトの叡山本線は、その多くが鞍馬線に直通する頻繁な間隔のワンマン列車を中心に運転し、左京区北部を結ぶ日常の通勤輸送と、比叡山方面への季節的な観光輸送とを合わせ担っている。

年表

  • 192211月8日:京都市上京区田中上柳町 - 愛宕郡修学院村間の鉄道免許状が下付される。
  • 19259月27日:京都電燈により出町柳駅 - 八瀬駅(現在の八瀬比叡山口駅)間が開業。集電方式は架空複線式(ダブルポール)であった。
  • 192812月1日:子会社の鞍馬電気鉄道により現在の鞍馬線、山端駅(現在の宝ケ池駅) - 市原駅間が開業。山端駅が接続駅となる。
  • 192912月20日:鞍馬電気鉄道が全通し、出町柳駅 - 山端駅 - 鞍馬駅間で直通運転を開始。
  • 19302月:集電方式を架空複線式から架空単線式に変更。
  • 19356月29日:鴨川水害で全線不通。翌30日午前10時より出町柳駅 - 三宅八幡駅間で運行再開。
  • 19423月2日:京福電気鉄道に譲渡。
  • 19445月1日:山端駅 - 八瀬駅間が不要不急線として単線化され、資材が供出される。
  • 19517月1日:山端駅 - 八瀬駅間が再複線化される。
  • 19546月10日:山端駅を宝ケ池駅に改称。
  • 19559月1日:1949年12月から宝ケ池の競輪場輸送のため行われていた京都市電からの乗り入れ運転が終了。
  • 19658月1日:八瀬駅を八瀬遊園駅に改称(現地の遊園地にちなむ)。
  • 197810月1日:京都市電が廃止され、他線との線路連絡が絶たれる。10月19日には日本国内最後のトロリーポール集電が廃止され、全車がパンタグラフ化される。
  • 19864月1日:叡山電鉄に譲渡(1985年に京福が設立)。
  • 198712月10日:路線に自動列車停止装置(ATS)を設置し、ワンマン運転を開始。
  • 198910月5日:京阪鴨東線が開業し、京阪出町柳駅が開業。再び鉄道他線とつながる。
  • 20023月10日:2001年の森のゆうえんち閉園を受け、八瀬遊園駅を八瀬比叡山口駅に改称。
  • 20183月21日:観光用車両「ひえい」が運転を開始。
  • 20234月1日:茶山駅を茶山・京都芸術大学駅に改称。

出典