歴史
この路線は福武電気鉄道の手によるもので、同社は1920年9月2日に武生-福井間の鉄道免許状の下付を受け、1921年8月12日に会社を設立した。最初の区間である武生新駅と兵営駅(現在の神明駅)の間は1924年2月23日に開業し、1925年7月26日には福井新駅(現在の赤十字前駅)まで北へ延伸された。その後数年のうちにいくつかの中間駅が設けられ、福井平野を横断するインターアーバンの姿が整っていった。
福井の中心部への進出は1930年代に実現した。1933年10月15日、路線は福井新駅から市内へと軌道線として延伸された。会社は1927年に軌道特許状の下付を受けており、この併用軌道により列車は町外れで止まることなく市の中心部まで直通できるようになった。1940年には当初の終点であった兵営駅が中央駅に改称され、1941年には急行列車の運転も始まっていた。
現在の運営会社は戦時統合により生まれた。1945年8月1日、福武電気鉄道は鯖浦電気鉄道と合併して福井鉄道となった。新会社のもとで中心部の軌道網は拡大し、本町通りから田原町への区間が1950年11月27日に開業して北側の併用軌道の終点となり、1959年には鯖浦線との直通運転が始まった。路線は一部で複線化され、戦後の数十年を通じて着実に近代化されていった。
道路交通の増加に伴い、路線は合理化された。貨物営業は1979年10月3日に廃止され、1980年にCTC(列車集中制御装置)化が完成し、1984年にはワンマン運転が導入された。ハーモニーホール駅(1997年)など沿線の発展に応える新しい郊外の駅が設けられる一方、市内中心部の一部の停留場は廃止され、たとえば本町通り停留場は2002年に廃止された。
21世紀には、LRT化に向けた全面的な転換が進んだ。2006年には全てのホームが切り下げられて全線で低床電車の運行が始まり、2013年には同社のF1000形「FUKURAM」超低床連接車が投入された。最大の変化は2016年3月27日に訪れ、えちぜん鉄道三国芦原線との相互直通運転が始まって福武線の電車が田原町を越えて鷲塚針原駅まで乗り入れるようになり、同時に市内中心部の軌道が延長されて電車が福井駅西口広場まで乗り入れるようになった。さらに近年では、2023年に北側の終点である越前武生駅がたけふ新駅に改称され、2024年には全国相互利用の交通系ICカードが導入されるなど、福武線は日本でも最も完成度の高いトラムトレイン運行の一つとなっている。
年表
- 19209月2日:南条郡武生町-福井市間の鉄道免許状が下付される。
- 19218月12日:福武電気鉄道株式会社が設立される。
- 19242月23日:福武電気鉄道が最初の区間、武生新駅~兵営駅(現・神明駅)間を開業。
- 19257月26日:兵営駅~福井市駅(現・赤十字前駅)間が延伸開業。
- 193310月15日:福井新駅に改称・移設し、市内への軌道線が開業。
- 19409月27日:兵営駅を中央駅に改称。
- 19414月1日:急行列車の運転を開始。
- 19458月1日:福武電気鉄道が鯖浦電気鉄道と合併し、福井鉄道が設立される。
- 19507月12日:花堂駅~福井新駅間を複線化。11月27日:本町通り停留場~田原町駅間が開業。
- 19597月20日:水落駅を移転し、鯖浦線との直通運転を開始。
- 197910月3日:貨物営業を廃止。
- 19804月10日:CTC化が完成。
- 19844月1日:ワンマン運転を開始。
- 19979月20日:ハーモニーホール駅が開業。
- 20027月15日:本町通り停留場を廃止。
- 20064月1日:全駅のホーム切り下げを経て、全線で低床車両の運行を開始。
- 20133月31日:超低床電車F1000形「FUKURAM」を初投入。
- 20163月27日:えちぜん鉄道三国芦原線との相互直通運転を開始(田原町を越え鷲塚針原駅まで乗り入れ)。駅前線を延長し福井駅停留場を福井駅西口広場に移設。
- 20232月25日:北側の終点・越前武生駅をたけふ新駅に改称。
- 202410月11日:ICOCA等の交通系ICカードの利用を開始。
出典
事実確認日:2026年6月14日