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福塩線

Fukuen Line

福塩線(ふくえんせん)は、西日本旅客鉄道(JR西日本)が広島県で運営する営業キロ78.0キロメートルの鉄道路線で、山陽本線の福山駅を起点に、府中を経て芸備線の塩町駅へと北上する。軌間1,067ミリメートルの狭軌で駅数は27駅、性格の異なる二つの区間からなる。福山から府中までの南側23.6キロメートルは直流1,500ボルトの架空電車線方式で電化され、密度の高い近郊輸送を担う一方、府中から塩町までの北側54.4キロメートルは非電化で、広島県中部の山あいを気動車が走る。この南北二つの区間は、今も俗に福塩南線(ふくえんなんせん)・福塩北線(ふくえんほくせん)と呼ばれている。

三次市府中市世羅町尾道市10 km
福塩線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線の南側区間は、私鉄として産声を上げた。両備軽便鉄道は1911年8月21日に鉄道免許状の下付を受け、同年12月12日に会社が設立され、1914年7月21日に両備福山駅と府中町駅の間、約22キロメートルを軌間762ミリメートルで開業した。同社は福山周辺で路線を広げ、1922年には神辺駅と高屋駅の間に高屋線を開業し、1926年6月26日には両備鉄道へと社名を改めた。1927年6月25日には両備福山駅~府中町駅間が直流750ボルトで電化され、地方私鉄としては早い時期の電車運転の採用となった。

鉄道は1930年代に国の手に渡った。1933年9月1日、両備鉄道の両備福山駅~府中町駅間が国有化され、福塩線となった。政府はこれに接続させるべく、芸備線側から北方への建設に着手した。1933年11月15日、南側区間は福塩南線と改称され、田幸駅(1934年1月1日に塩町駅へ改称)と吉舎駅の間に新たに福塩北線が開業した。建設は段階的に続き、1935年11月15日には吉舎駅~上下駅間が開業した。

南北の両端は、1938年7月28日に府中町駅~上下駅間が開業して福山駅から塩町駅までが全通し、ようやく結ばれた。この時点で路線は福塩線という一つの名称に統一された。かつて軽便鉄道だった南側区間を国有鉄道網に組み込むために必要な改軌として、横尾駅~府中町駅間は既に1935年に762ミリメートルから1,067ミリメートルへと改軌されていた。

電化と気動車化が、戦後の数十年でこの路線を作り替えた。1954年4月10日には電化区間が府中から下川辺まで北へ延ばされ、1961年8月13日には福山駅~下川辺駅間の架線電圧が750ボルトから直流1,500ボルトへと昇圧された。しかし北側が電化のまま残ることはなかった。1961年6月1日に府中駅~三次駅間の旅客列車がすべて気動車に置き換えられ、1962年4月1日には府中駅~下川辺駅間の電化が廃止され、現在の、電化された福山~府中間と気動車運転の北側という分割が生まれた。府中町駅自体は1956年に府中駅と改称されている。

日本国有鉄道のもとで路線は現在の姿に落ち着いた。1981年には南側区間で105系電車の運用が始まり、1986年11月1日には全線の貨物営業が廃止された。1987年4月1日の国鉄分割民営化により、福塩線は新たに発足した西日本旅客鉄道へと承継された。1989年には北側区間で大規模な経路変更が行われ、河佐駅と備後三川駅の間に全長6,123メートルの八田原トンネルが開通して営業キロが1.4キロメートル短縮され、旧線上にあった八田原駅が廃止された。

利用の少ない路線の要員を削減するため、ワンマン運転が導入された。非電化の府中駅~塩町駅間では1991年4月1日に、電化された福山駅~府中駅間では1992年3月14日に開始された。今日の福塩線は、名称を共有する二つの別々の鉄道のように機能している。南側の福山~府中間は集中的に利用される電車の通勤路線であり、北側の府中~塩町間は山あいをわずかな本数の気動車が走り、そのすべてが塩町駅を越えて芸備線へ乗り入れ、三次へと向かっている。

年表

  • 19118月21日:両備軽便鉄道が鉄道免許状の下付を受ける。同年12月12日に会社設立。
  • 19147月21日:両備軽便鉄道が両備福山駅~府中町駅間(約22km)を軌間762mmで開業。
  • 19224月9日:両備軽便鉄道高屋線、神辺駅~高屋駅間が開業。
  • 19266月26日:両備軽便鉄道が両備鉄道に改称。
  • 19276月25日:両備福山駅~府中町駅間が電化(直流750V)。
  • 19339月1日:両備鉄道の両備福山駅~府中町駅間が国有化され、福塩線となる。11月15日:福塩南線に改称し、福塩北線(田幸駅~吉舎駅間)が開業。
  • 19341月1日:田幸駅が塩町駅に改称。
  • 193511月15日:吉舎駅~上下駅間が延伸開業。横尾駅~府中町駅間を軌間762mmから1,067mmに改軌。
  • 19387月28日:府中町駅~上下駅間が延伸開業して全通。福塩線に改称(統一)。
  • 19544月10日:府中町駅~下川辺駅間が電化(電化区間を北へ延伸)。
  • 19616月1日:府中駅~三次駅間の旅客列車がすべて気動車に置換(無煙化)。8月13日:福山駅~下川辺駅間の架線電圧が直流1,500Vに昇圧。
  • 19624月1日:府中駅~下川辺駅間の電化が廃止され、電化区間は福山~府中間のみとなる。
  • 19812月11日:南側区間で105系電車の運用を開始。
  • 198611月1日:全線の貨物営業を廃止。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により、福塩線は西日本旅客鉄道(JR西日本)が承継。
  • 19894月20日:河佐駅~備後三川駅間が経路変更(全長6,123mの八田原トンネル)で営業キロ1.4km短縮。八田原駅廃止。
  • 19914月1日:非電化の府中駅~塩町駅間でワンマン運転開始。
  • 19923月14日:電化された福山駅~府中駅間でワンマン運転開始。

出典