歴史
この路線は20年余りをかけて、別々に建設された三つの鉄道を継ぎ合わせて成立した。最も古い区間は私鉄の芸備鉄道によるもので、最初の区間である東広島駅(現在の東広島駅とは別の初代駅)- 志和地駅間は1915年4月28日に開業し、続いて同年6月1日に三次(現在の西三次駅)まで延伸した。同社はその後も北東へ路線を延ばし、1920年7月15日には貨物線で国鉄広島駅への乗り入れを果たし、1923年12月8日に備後庄原に達した。同社は早くから、並行する道路を走るバスに対抗するため内燃動力に力を入れ、1929年からガソリンカーを導入し、1933年5月にはディーゼル動力の併用認可を受けた。これは同線が今なお持つディーゼルの性格を先取りするもので、同線は電化されることなく、現在もキハ120形・キハ40(キハ47)形気動車により、全線単線・1,067 mm狭軌の線路上を最高速度85 km/hで運行されている。
路線の北部・中部は鉄道省(国有鉄道、JGR)が建設または完成させた。1933年6月1日、芸備鉄道の備後十日市(現・三次)- 備後庄原間が国有化されて庄原線となり、国はこれを延伸して1935年12月20日に備後落合へ達した。岡山県側からは、国有鉄道の三神線が1930年2月10日に備中神代 - 矢神間で開業した。1936年10月10日に最後の小奴可 - 備後落合間が開業して全線が開通し、庄原線は三神線に編入された。
1937年7月1日には芸備鉄道の残る広島 - 備後十日市間が国有化され、三神線がこれを編入して、一体の路線が国有鉄道のもとで芸備線と命名された。戦後は山を越える愛称付き列車——1955年の「ちどり」、1962年の「たいしゃく」(いずれも後に急行へ格上げ)——が運行された。備中神代 - 三次間は1971年3月25日までに無煙化され、1983年には全線に列車集中制御装置(CTC)が導入された。1987年4月1日、国鉄分割民営化により芸備線はJR西日本が承継し、1991年には全線でワンマン運転が導入された。
JR西日本のもとで、同線の二つの顔は大きく分かれた。狩留家 - 広島間の広島近郊側は「広島シティネットワーク」の一部となり、2007年にICカード「ICOCA」のエリアに加えられ、ラインカラーに紫、路線記号に「P」が与えられた。急行列車は整理され、急行「みよし」は2007年7月1日に廃止されて快速「みよしライナー」に統合された。一方、山間の内陸部では利用者の減少が続いた。全線の輸送密度(平均通過人員)は1987年度の2,561人から、2019年度には1,323人、2023年度には1,194人へと落ち込んだが、この平均は区間ごとの大きな差を覆い隠している。
最も極端な例が東城 - 備後落合間で、平均通過人員は一桁から十数人にとどまり——2010年代半ばには1日約8人、2019年度は11人、2022年度は20人——日本でも有数の利用の少ない鉄道区間となっている。JR西日本自身の情報開示によれば、同区間の営業係数は2017 - 2019年度平均で25,416円(100円の収入を得るのに25,000円超を費やす計算)で、隣接する備中神代 - 東城間の約4,129円を大きく上回る。同線はまた災害により繰り返し寸断され、2018年7月の豪雨では第1三篠川橋りょうが崩落して全線が不通となり、全線復旧は1年3か月後の2019年10月23日であった。
こうした慢性的な利用低迷を理由に、JR西日本は2021年6月、利用の少ない備後庄原 - 新見の各区間について、バスなどの代替手段も含めて将来を協議するよう沿線自治体に申し入れ、初回会合は2021年8月5日に開かれた。沿線自治体が「前提なき議論」を拒んだのち、JR西日本は2023年8月、地域公共交通に関する法律に基づく法定の「再構築協議会」の設置を国に要請すると表明し、2023年10月3日に正式に要請した——全国初であり、約3年を目安に当該区間の将来をまとめることを目指す。この過程の一環として、同線と並行する4区間でバスの実証運行が2026年6月1日に始まった。
年表
- 19154月28日:私鉄の芸備鉄道が最初の区間、東広島駅(現在の東広島駅とは別の初代駅)- 志和地駅間(36.7 M≒59.06 km)を開業。6月1日には志和地 - 三次(現在の西三次駅)間が延伸開業した。
- 192312月8日:芸備鉄道が塩町 - 備後庄原間(約16.09 km)まで延伸開業した。なお1920年7月15日には貨物線で国鉄広島駅への乗り入れを果たしていた。
- 19302月10日:国有鉄道の三神線が備中神代 - 矢神間で開業した(後の岡山県側の起点)。なお芸備鉄道は1929年からバス対抗のためガソリンカーの使用を始めていた。
- 19336月1日:芸備鉄道の備後十日市 - 備後庄原間が国有化され庄原線と改称された。なお同年5月にはディーゼル動力の併用認可も受けている。
- 193512月20日:庄原線が備後西城 - 備後落合間(約8.6 km)まで延伸開業した。
- 193610月10日:小奴可 - 備後落合間が開業して両端が接続し、広島 - 備中神代間が全通した。庄原線は三神線に編入された。
- 19377月1日:芸備鉄道の広島 - 備後十日市間が国有化され、三神線がこれを編入して芸備線に改称された(鉄道省の管理下)。
- 19713月25日:備中神代 - 三次間が無煙化された。1983年には全線に列車集中制御装置(CTC)が導入され、制御センターは備後庄原に置かれた。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により、芸備線は西日本旅客鉄道(JR西日本)が承継した。
- 1991ワンマン運転を導入(新見 - 三次間が4月1日、三次 - 広島間が11月1日)。
- 20077月1日:急行「みよし」が廃止され、快速「みよしライナー」に統合された。9月1日には狩留家 - 広島間がICOCAエリアになった。
- 20187月7日:平成30年7月豪雨で白木山 - 狩留家間の第1三篠川橋りょうが崩落し、全線が不通となった。
- 201910月23日:最後の不通区間(中三田 - 狩留家間)が復旧し、2018年の豪雨から1年3か月ぶりに全線で運転を再開した。
- 20216月8日:JR西日本が、利用低迷を理由に備後庄原 - 新見の各区間についてバス転換も含めた将来を協議するよう沿線自治体に申し入れた(初回会合は8月5日)。
- 202310月3日:JR西日本が備中神代 - 備後庄原間について法定の「再構築協議会」設置を国に正式要請した(全国初)。約3年を目安に将来をまとめることを目指す。
- 20266月1日:芸備線再構築協議会が、同線と並行する4区間で平日の実証運行バスを開始した(休日・観光向けの実証運行は7月4日から)。
出典
事実確認日:2026年6月14日