歴史
起点の尺土駅は近鉄南大阪線の分岐駅であり、南大阪線の古市駅や大阪阿部野橋駅との間で直通列車が設定されている。線内を折り返す列車は一部を除きワンマン運転を行っている。終点の近鉄御所駅からは、近鉄が運営する葛城山ロープウェイに連絡する奈良交通バスが接続しており、ツツジの名所で春には行楽客を集める大和葛城山へのアクセスを担っている。
この路線はもともと近鉄が建設したものではない。現在の南大阪線の前身である大阪鉄道(大鉄)の傍系会社であった南和電気鉄道が開業させた。南和電気鉄道は1929年1月18日に設立された。同社はさらに南進して五条・橋本(学文路)方面へ至る計画を持っていたが果たせず、そのため近鉄御所駅は終点の駅というよりは中間駅のような構造になっている。
建設は1928年と1929年に下付された鉄道免許のもとで進められた。1930年12月9日、南和電気鉄道は尺土駅 - 南和御所町駅(現在の近鉄御所駅)間を開業し、当初から直流1,500ボルトで電化されていた。現在の近鉄新庄駅にあたる中間駅は、開業時には南和新庄町駅として開設された。
戦時の私鉄統合の中で、路線は近鉄グループに組み込まれた。1944年4月1日、南和電気鉄道は近鉄の前身である関西急行鉄道(関急)に合併され、路線は御所線となった。南和新庄町駅は関急新庄駅に、南和御所町駅は関急御所駅に改称された。1944年6月1日には関西急行鉄道が近畿日本鉄道(近鉄)に再編され、両駅は近畿日本新庄駅・近畿日本御所駅へと再び改称された。
南進への構想は何十年も残ったのち、段階的に放棄された。1958年5月6日に五条市 - 橋本市学文路間の免許が失効し、1991年2月15日には残る近鉄御所 - 五条市間の免許も失効した。一方で路線の近代化も進み、1968年9月26日に自動列車停止装置(ATS)が使用開始となり、1970年3月1日には両駅が現在の近鉄新庄駅・近鉄御所駅という名称となった。
近年、御所線は静かな通勤支線としての役割に落ち着いている。1999年3月16日に一部の普通列車でワンマン運転が開始され、2007年4月1日には各駅でICカードのPiTaPa・ICOCAの取り扱いが始まった。南大阪線への直通運転は今日も続いており、春には大和葛城山のツツジを訪れる客のため、大阪阿部野橋駅 - 近鉄御所駅間で臨時の「葛城高原号」が運転されている。
年表
- 192810月26日:南和電気鉄道に北葛城郡磐城村 - 宇智郡五條町間の鉄道免許状が下付される。
- 19291月18日:大阪鉄道の傍系会社である南和電気鉄道が設立される。6月29日には五条町 - 伊都郡学文路村間の免許状も下付される。
- 193012月9日:南和電気鉄道が尺土駅 - 南和御所町駅(現・近鉄御所駅)間を直流1,500Vで開業。
- 19444月1日:南和電気鉄道が近鉄の前身・関西急行鉄道(関急)に合併され、御所線となる。南和新庄町駅を関急新庄駅に、南和御所町駅を関急御所駅に改称。
- 19446月1日:関西急行鉄道が近畿日本鉄道(近鉄)に再編され、関急新庄駅を近畿日本新庄駅に、関急御所駅を近畿日本御所駅に改称。
- 19585月6日:未建設の五条市 - 橋本市学文路間の免許が失効。
- 19689月26日:自動列車停止装置(ATS)の使用を開始。
- 19703月1日:近畿日本新庄駅を近鉄新庄駅に、近畿日本御所駅を近鉄御所駅(現名称)に改称。
- 19912月15日:残る近鉄御所 - 五条市間の免許が失効し、長年の南進計画が終わる。
- 19993月16日:一部の普通列車でワンマン運転を開始。
- 20074月1日:各駅でICカードのPiTaPa・ICOCAの取り扱いを開始。
出典
事実確認日:2026年6月14日