歴史
この路線は、日本初の私設鉄道会社である日本鉄道が1891年に開業した本線(後の東北本線)の支線として始まった。八戸地区を受け持つその本線の尻内駅が海沿いの市街から離れた内陸にあったため、尻内駅(現・八戸駅)から分岐して八ノ戸(現・本八戸駅)に至る支線が敷設され、1894年1月4日に開業した。同年中に支線は八ノ戸から、現在は廃止された湊駅まで延伸された。
日本鉄道は1906年11月1日に鉄道国有法により買収・国有化され、支線も官設鉄道に編入された。1909年に路線は八ノ戸線と命名され、1924年に現在の文字を用いて八戸線と改称された。1924年からは久慈方面への南進が進められ、1924年11月10日に種市、1925年に陸中八木に達し、1930年3月27日に久慈まで延伸されて全線が開通した。八戸 - 久慈間の経路をめぐっては、当時の陸軍が、岩手県大野付近を製鉄原料の供給地であり有事の鉄道破壊にも備えやすい内陸ルートとして望んだが、結局は海岸沿いの経路が建設された。
日本国有鉄道(国鉄)の時代、この路線は静かな地方路線となった。1962年には久慈と盛岡を結ぶ準急「うみねこ」が運行を開始し、その後数十年にわたり「うみねこ」の名を冠した急行・快速がさまざまに設定されては姿を消した。鮫 - 久慈間は1968年の「赤字83線」の議論にも上がっている。八戸線の実質的な延長線である久慈線は1975年に久慈から普代方面へ開業したが、国鉄再建法のもとで特定地方交通線に指定され、1984年に第三セクターの三陸鉄道へ転換された。蒸気機関車は1972年のC58さよなら列車をもって終わり、客車列車が全廃された1993年12月以降は全列車が気動車での運転となった。
1987年4月1日の国鉄分割民営化に伴い、八戸線は八戸 - 久慈間全線についてJR東日本が第一種鉄道事業者となり、八戸 - 本八戸間5.5キロメートルについては日本貨物鉄道(JR貨物)が第二種鉄道事業者となった。2010年12月に東北新幹線が八戸から新青森まで延伸されると、並行する東北本線の八戸 - 青森間は青い森鉄道へ移管され、それまで東北本線所属だった八戸駅は八戸線所属の駅となり、当線は他のJR在来線と接続のない路線となった。
この路線にとって最大の試練は、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)であった。地震とそれに伴う大津波が沿岸を襲い、宿戸 - 陸中中野間で線路の流出・水没が生じて全線が不通となった。運行はその後一年をかけて段階的に復旧し、3月18日に八戸 - 鮫間が再開、さらに階上まで進めてその先は代行バスで結ばれ、4月7日の余震でいったん再び全線が不通となるなどの曲折を経て、区間ごとに再開していった。種市 - 久慈間は2012年3月17日のダイヤ改正で復旧し、全線での運行が再開された。八戸線は、震災で被災したJR東日本の7路線のうち、最初に全線復旧を果たした路線となった。復旧にあたっては、津波や浸水が予想される駅に避難経路が設けられ、線路から高台へ避難できるルートが設定され、各車両に緊急避難用のはしごが配置された。
震災後も、海沿いの路線は自然災害による運休を繰り返している。2019年10月の令和元年東日本台風(台風19号)では陸中中野駅構内の路盤が流失し、各所で盛土流出や切取崩壊が生じて、階上 - 久慈間が運休し、2019年12月1日に再開した。2025年12月8日の青森県東方沖地震では、本八戸 - 小中野間の高架橋が約20か所でひび割れるなどの被害を受け、12月9日から全線が運休した。12月22日には鮫 - 久慈間で列車の運転が再開され、八戸 - 鮫間では代行バスが運行され、12月30日に全線で運転が再開された。
八戸線は日常の普通列車に加え、その車窓を生かした観光・行楽列車でも知られる。2003年からは蒸気機関車牽引の「SLうみねこ号」が運転され、2011年4月29日からは、五能線の「リゾートしらかみ」をベースとし先頭車に展望席を備えた観光気動車「リゾートうみねこ」が土休日などに運行されたが、新型気動車キハE130系の導入を経て2020年3月29日に定期運行を終了した。2013年10月19日からは、キハ110系を改造した団体臨時のレストラン列車「TOHOKU EMOTION(東北エモーション)」が運転され、海沿いを行くこの列車は当線を象徴する存在となっている。
年表
- 18941月4日:日本鉄道が尻内(現・八戸) - 八ノ戸(現・本八戸)間の支線を開業。10月1日に八ノ戸 - 湊(現在は廃止)間を延伸開業。
- 190611月1日:鉄道国有法により日本鉄道が買収・国有化され、支線も官設鉄道となる。
- 190910月12日:国有鉄道線路名称の制定により八ノ戸線となる。
- 192411月10日:八戸 - 種市間を延伸開業(鮫・種差・階上・種市を新設)。線名を現在の文字の「八戸線」に改称。
- 192511月1日:種市 - 陸中八木間を延伸開業(陸中八木を新設)。
- 19303月27日:陸中八木 - 久慈間を延伸開業し八戸線が全通(陸中中野・侍浜・陸中夏井・久慈を新設)。
- 197210月28日:C58 239によるSLさよなら列車を運転。
- 19844月1日:久慈線(1975年開業の当線の実質的延長線)を廃止し、三陸鉄道に転換。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道が八戸 - 久慈間全線を第一種で、日本貨物鉄道が八戸 - 本八戸間(5.5km)を第二種で承継。
- 199312月1日:客車列車が全廃され、全列車が気動車での運転となる。
- 20113月11日:東北地方太平洋沖地震と大津波により宿戸 - 陸中中野間で線路が流出・水没し全線不通。3月18日から段階的に再開(4月7日の余震で一時再び全線不通)。
- 20123月17日:種市 - 久慈間が復旧し全線で運行再開。被災したJR東日本7路線のうち最初の全線復旧となる。
- 201310月19日:キハ110系を改造した団体臨時のレストラン列車「TOHOKU EMOTION(東北エモーション)」の運転を開始。
- 201910月:令和元年東日本台風(台風19号)で陸中中野駅構内の路盤が流失し各所で被害。階上 - 久慈間が運休し、12月1日に再開。
- 20203月29日:観光気動車「リゾートうみねこ」(2011年4月29日運行開始)の定期運行を終了。キハE130系の導入による。
- 202512月8日:青森県東方沖地震により本八戸 - 小中野間の高架橋が約20か所で損傷し、12月9日から全線運休。12月22日に鮫 - 久慈間が再開、12月30日に全線で運転再開。
出典
事実確認日:2026年6月14日