歴史
中洲川端駅でカーブする空港線と分岐し、そのまま明治通りの直下を北上して福岡県庁・九州大学病院・筥崎宮のそばを通り、九州大学の旧・箱崎キャンパスを横断して、西日本鉄道(西鉄)貝塚線(旧・宮地岳線)の始発駅である貝塚駅とを結ぶ。なお、ほぼ全区間で、かつて路面電車の西鉄福岡市内線が通っていた道路をほぼ踏襲している(1970年代に廃止)。開業以来一貫して空港線と一体的に運転されており、貝塚駅から空港線に乗り入れて天神・西新・姪浜方面へ直通し、箱崎線から福岡都心・福岡空港方面へ乗り換えなしで向かうことができる。
路線は1982年(昭和57年)4月20日に2号線として、まず中洲川端駅 - 呉服町駅間が開業した。同日、天神駅 - 中洲川端駅間を延伸開業した1号線(現在の空港線)との相互直通運転を開始し、新線はただちに都心部の鉄道網に組み込まれた。この最初の区間は短かったが、以後の箱崎線を特徴づける1号線との一体運転という運行形態を確立した。
その後、建設は段階的に北へと進んだ。1984年(昭和59年)4月27日には呉服町駅 - 馬出九大病院前駅間が延伸され、九州大学病院の一帯に達した。1986年(昭和61年)1月31日には次の区間、馬出九大病院前駅 - 箱崎九大前駅間が開業した。そして1986年(昭和61年)11月12日、最後の区間である箱崎九大前駅 - 貝塚駅間が開業して全通し、現在の4.7キロの姿となって、北端で西鉄貝塚線と接続した。
1993年(平成5年)3月3日には「箱崎線」の愛称が設定され、今日一般に知られる名称となった。その後の変化は構造的なものよりも運用面が中心で、非接触式ICカード「はやかけん」が2009年(平成21年)3月7日に全駅で導入され、2011年(平成23年)3月2日には空港線・七隈線とともに全駅で駅ナンバリング(駅番号制)が表示された。2024年(令和6年)11月には新型の4000系電車が営業運転を開始し、最も古い車両の置き換えが始まった。
長く検討されてきたのが、貝塚駅で接続する西鉄貝塚線との相互直通運転である。この構想は1971年(昭和46年)の都市交通審議会答申にさかのぼり、2007年(平成19年)以降も繰り返し検討され、西鉄線と地下鉄を直通させる様々な案が検討された。しかし計画は費用面で行き詰まった。西鉄線と地下鉄の改良に多額の投資が必要な一方で短縮される時間はわずかで、ほとんどの案が採算性に乏しかった。2021年(令和3年)1月には、福岡市が最新の案について費用便益比(B/C)を収支均衡の「1」を大きく下回る「0.42」と試算したと報じられ、事業は可能性を残しつつ凍結される見通しとなった。
現在、箱崎線は福岡市交通局の車両、1000N系・2000N系・4000系のみで運転されており、これらは空港線と共通で使用される。空港線に直通するJR九州の車両は箱崎線には乗り入れない。日中はおおむね7 - 8分間隔で、貝塚駅 - 中洲川端駅間の箱崎線内だけを走る列車と、空港線に直通して西新・姪浜方面へ向かう列車が交互に運行されている。短いながらも、箱崎地区・九州大学病院一帯と福岡都心を結ぶ地下鉄の直通ルートを提供し、北端で西鉄貝塚線と接続している。
年表
- 19824月20日:2号線 中洲川端駅 - 呉服町駅間が開業。同日、天神駅 - 中洲川端駅間を延伸開業した1号線(現・空港線)との相互直通運転を開始。
- 19844月27日:呉服町駅 - 馬出九大病院前駅間が開業。
- 19861月31日:馬出九大病院前駅 - 箱崎九大前駅間が開業。
- 198611月12日:箱崎九大前駅 - 貝塚駅間が開業して全通。現在の4.7キロの姿となる。
- 19933月3日:「箱崎線」の愛称が設定される。
- 20093月7日:ICカード「はやかけん」を全駅で導入。
- 20113月2日:空港線・七隈線とともに全駅で駅ナンバリング(駅番号制)を表示。
- 20211月:西鉄貝塚線との直通運転について、福岡市が費用便益比(B/C)0.42と試算したと報じられ、事業は凍結される見通しとなる。
- 202411月29日:新型の4000系電車が営業運転を開始。最も古い車両の置き換えを開始。
出典
事実確認日:2026年6月14日