歴史
白島線は1912年(大正元年)11月23日に、八丁堀 - 白島間が『常盤橋線』として開業した。当時は京口門前、つまり広島城の旧外堀を埋め立てて整備された道の上を通る路線だった。このように白島線は、本線など広電の市内線を構成する路線と同じく、開業当時からある古い路線の一つである。
1940年(昭和15年)4月には、広電の他路線に先駆けてビューゲルの導入が行われ、これはこの路線が繰り返し果たしてきた試験的な導入の場としての役割の早い例である。5年後の1945年(昭和20年)8月6日、この路線は広島市への原子爆弾投下に巻き込まれ、市内の路面電車網の大半とともに全線不通となった。1952年(昭和27年)6月、戦前の経路ではなく現在の位置の新線で営業を再開した。
白島線はその後も、運行面で広電の先駆けとなることが続いた。1969年(昭和44年)には、広電の他路線に先駆けて900形によるワンマン運転がこの路線で開始された。2008年(平成20年)3月1日には、広電の他路線に先立ってIC乗車カード『PASPY』がこの路線で導入され、同時にJR西日本の『ICOCA』での乗車も可能となった。路線が短いことから、白島線の運賃は長らく市内線の他路線よりも安価に設定されていた。
白島線は長らく、広電の市内線で唯一、他路線との直通運転を行わず、9号線による八丁堀 - 白島間の線内折り返し運行を行っていた。しかし、開業から101年後の2013年(平成25年)2月15日、超低床連接車1000形が投入され、9号線の一部の電車が本線・江波線経由で江波まで乗り入れを開始した。ただし直通運転は限定的で、2022年7月時点では早朝の白島行き及び深夜の江波行きのみが直通していた。
この路線の将来は常に保証されていたわけではなく、2007年には広島商工会議所から路線の廃止が提言されたが、広島市は「是非とも存続すべきである」と表明し、広島電鉄も市の意向に沿って対応すると表明した。安価な運賃は2025年2月1日に終わり、他の市内線と同額の大人240円・小児120円に揃えられた。2026年3月28日に予定されているダイヤ改正では、日中時間帯などの減便が予定されている。現在の白島線は、八丁堀と白島地区、そして縮景園周辺を結ぶ、小さいながらも歴史的に重要な支線として残っている。
年表
- 191211月23日:八丁堀 - 白島間が「常盤橋線」として開業。広島城の旧外堀を埋め立てて整備された道の上を通っていた。
- 19404月:広電の他路線に先駆けてビューゲルの導入が行われる。
- 19458月6日:広島市への原子爆弾投下により全線不通となる。
- 19526月:戦前の経路ではなく、現在の位置の新線で営業を再開。
- 1969広電の他路線に先駆けて、900形によるワンマン運転を開始。
- 20083月1日:広電の他路線に先立ってIC乗車カード「PASPY」を導入。同時にJR西日本「ICOCA」での乗車も可能となる。
- 20132月15日:超低床連接車1000形を投入。9号線の一部の電車が本線・江波線経由で江波まで乗り入れを開始(開業から101年後)。
- 20263月28日(予定):ダイヤ改正により、日中時間帯などに減便。
出典
事実確認日:2026年6月14日