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白新線

Hakushin Line

白新線(はくしんせん)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営する営業キロ27.3キロメートルの鉄道路線で、全線が新潟県内にあり、新潟市の新潟駅から新発田市の新発田駅までを結ぶ。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、全線が直流1,500ボルト・架空電車線方式で電化されており、駅数は10である。新潟 - 新崎間は複線、それ以北は単線である。日本海縦貫線の一部をなす貨物幹線でもあり、上沼垂信号場 - 新発田間の25.4キロメートルでは日本貨物鉄道(JR貨物)が第二種鉄道事業者として貨物列車を運行するほか、新潟と羽越本線方面(酒田・秋田方面)を結ぶ特急「いなほ」が走る。

新潟東区5 km
白新線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

路線名は、当初計画でその両端となった白山(はくさん)と新発田(しばた)の頭文字を取ったものである。1927年(昭和2年)、改正鉄道敷設法別表第55号の2に「新潟県白山ヨリ新発田ニ至ル鉄道」が追加され、主に軍需物資の輸送線として国主導で計画が始まった。当初計画では新潟以西の区間は越後線の白山駅から市内中心部を経由する新線が建設される予定であったが、実際には新潟 - 白山間は信越本線の貨物支線(1943年開通)を用いて開通させることとなり、白山駅はこの貨物線上に移設され、1951年(昭和26年)に越後線の延伸区間として旅客営業を開始した。

白新線そのものは1939年(昭和14年)に着工し、まず越後線の終着駅であった白山駅の移設が行われたが、戦争のため工事は中断した。終戦後の1952年(昭和27年)8月に工事が再開され、同年12月23日に最初の区間である新発田 - 葛塚(現・豊栄)間12.3キロメートルが開業し、同時に佐々木駅と葛塚駅が開業した。

残る葛塚 - 沼垂間は建設がより難しく、阿賀野川橋梁が当線最大の難所であった。流域に生息するツツガムシの対処に手を焼いたといわれ、防虫服に身を包み、川面から6 - 7メートル離れて作業できる特殊工法を用いて橋梁を完成させた。これにより1956年(昭和31年)4月15日に葛塚 - 沼垂間が開業して全通し、同日には新潟市で記念式典も行われ、新崎駅が開業した。

1957年(昭和32年)には中間駅の開業が相次ぎ、2月11日に黒山・早通・大形の各駅が、4月1日に西新発田駅が開業し、同年10月には新潟操車場が開業した。当初は沼垂経由で新潟駅に達していたため起終点上の終点は沼垂駅であったが、新潟駅の移転に伴い、1958年(昭和33年)4月29日に終点が新潟駅に変更され、手続き上は沼垂 - 大形間が廃止(-6.9キロメートル)、新潟 - 大形間が開業(+7.0キロメートル)した。上沼垂信号場 - 新潟間の1.9キロメートルは信越本線と共用しており、この区間は複々線となっている。

路線は日本国有鉄道の下で近代化が進められた。電化は1969年(昭和44年)7月21日に国鉄理事会で決定され、1972年(昭和47年)8月5日に上沼垂信号場 - 新発田間が、並行する羽越本線と同時に直流1,500ボルトで電化された。複線化は国鉄の第3次輸送改善計画において電化とともに掲げられ、1974年(昭和49年)に全線複線化が決定して同年7月に運輸大臣の認可を受けたが、1979年(昭和54年)9月18日に新潟側から新崎駅までが複線化されたのを最後に工事は中断し、新崎以北は単線のままとなっている。1976年(昭和51年)には葛塚駅が豊栄駅に改称された。

1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化により、当線は旅客営業と線路を担うJR東日本(第一種)と、貨物のJR貨物(第二種)に承継された。1990年(平成2年)には新潟操駅が新潟貨物ターミナル駅に改称され、1995年(平成7年)には一部列車でワンマン運転が始まった。沿線がベッドタウンとして発展する中で、新潟 - 豊栄間の昼間時間帯の普通列車はおおむね20分間隔のパターンダイヤへと充実していった。新潟寄りでは2018年(平成30年)4月15日に新潟駅付近が新潟駅連続立体交差事業に伴って高架化され、これに伴い新潟駅付近の保安装置がATS-PsからATS-Pに変更された。

現在の白新線は、混雑する地域輸送路線であると同時に、より広い日本海縦貫線の一翼を担っている。普通列車は羽越本線の新発田 - 村上間とほぼ一体の運転系統として運行され、東新潟駅構内に置かれた新潟貨物ターミナル駅を拠点に、関東・関西方面と東北・北海道方面とを結ぶ貨物列車が数多く行き交う。新崎以北が単線である上、旅客・貨物の双方が経由するため、事故や悪天候によるダイヤの乱れは広範囲に及び回復にも時間を要し、阿賀野川橋梁など横風の影響を受けやすい箇所もあることから、白新・羽越両線沿線の自治体は新崎 - 新発田間の複線化を求めている。

年表

  • 1927改正鉄道敷設法別表第55号の2に「新潟県白山ヨリ新発田ニ至ル鉄道」が追加され、主に軍需物資の輸送線として国主導の計画が始まる。
  • 1939着工。まず越後線の終着駅であった白山駅の移設が行われるが、のちに戦争のため工事は中断する。
  • 195212月23日:最初の区間である新発田 - 葛塚(現・豊栄)間12.3kmが開業。佐々木駅・葛塚駅が開業。
  • 19564月15日:葛塚 - 沼垂間14.9kmが開業し全通。新潟市で記念式典が行われ、新崎駅が開業。阿賀野川橋梁が当線最大の難所であった。
  • 19572月11日に黒山・早通・大形の各駅、4月1日に西新発田駅が開業。10月1日に新潟操車場が開業。
  • 19584月29日:新潟駅移転に伴い終点を沼垂駅から新潟駅に変更。沼垂 - 大形間廃止(-6.9km)、新潟 - 大形間開業(+7.0km)。
  • 19697月21日:国鉄理事会で白新線の電化を決定。
  • 19728月5日:上沼垂信号場 - 新発田間が、並行する羽越本線と同時に直流1,500Vで電化。
  • 19742月12日:新潟 - 新発田間の複線化が決定。7月3日:運輸大臣が同区間の複線化工事を認可。
  • 19764月1日:葛塚駅が豊栄駅に改称。
  • 19789月19日:上沼垂信号場 - 新潟操車場間が複線化。10月2日:新潟操車場前仮乗降場が東新潟駅となる。
  • 19799月18日:新潟操車場(東新潟駅)- 新崎間が複線化され、これをもって複線化工事が中断。以後、新崎以北は単線のまま。
  • 19817月28日:上沼垂信号場 - 新潟間が複々線化(白新線と信越本線の複線)。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により、JR東日本(第一種)・JR貨物(第二種)に承継。新潟操車場が新潟操駅となる。
  • 19903月10日:新潟操駅が新潟貨物ターミナル駅に改称。
  • 19955月8日:一部列車でワンマン運転を開始。
  • 20184月15日:新潟駅付近が高架化(新潟駅連続立体交差事業)。これに伴い新潟駅付近の保安装置がATS-PsからATS-Pに変更。

出典