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比叡山鉄道線

Sakamoto Cable

比叡山鉄道線(ひえいざんてつどうせん)は、通称「坂本ケーブル」として知られる、滋賀県大津市のケーブル坂本駅からケーブル延暦寺駅に至る比叡山鉄道のケーブルカー(鋼索鉄道)路線である。比叡山の東斜面を登り、山上の天台宗の大本山・延暦寺への東側のルートを成している。軌間は1,067ミリメートル、営業キロは2.0キロメートルで駅数は4駅、高低差484メートルを最大333パーミルの勾配で上る。全長は約2,025メートルで日本最長のケーブルカーであり、比叡山鉄道が運営する唯一の路線である。

2 km
比叡山鉄道線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

比叡山にケーブルカーを敷く構想は、開業よりはるか前にさかのぼる。1912年(明治45年)、比叡登山軽便電軌鉄道が坂本村 - 比叡山根本中堂間に鋼索鉄道の免許状を下付されたが、翌年には失効した。1920年代になると、延暦寺への参詣や山上での避暑といった観光を目的にこの構想が再燃し、1919年(大正8年)には地元の大津電気軌道(現在の京阪石山坂本線)や、京都・大阪の有力者が中心となった会社が競合して施設を出願した。

1922年(大正11年)11月、これらの発起人のうち3社が合同して「比叡登山鉄道株式会社」として出願した。1924年(大正13年)4月4日に鉄道免許状が下付され、同年10月に会社が創立された。延暦寺は建設にあたり厳しい条件を付し、土地は売却せず線路や駅舎用地は貸与するにとどめ、山上駅は寺の浄域から離れたところに置き、線路は遠くから見えないようにすることなどを求めた。1926年(昭和元年)12月27日、社名は「比叡山鉄道株式会社」に改められた。

路線は1927年(昭和2年)3月15日、坂本駅(現在のケーブル坂本駅) - 叡山中堂駅(現在のケーブル延暦寺駅)間で開業した。開業時には「日本名物東洋最大 坂本カラ比叡山中堂マデケーブルカー11分デ登レル」と記したチラシが配られ、1929年(昭和4年)頃には英文の案内も作られていたことから、国内のみならず国外からの観光客も想定されていた。両端の駅舎は1927年の開業以来の建物で、1997年(平成9年)に国の登録有形文化財に登録された。

太平洋戦争は路線の運行を中断させた。1945年(昭和20年)3月、不要不急線として旅客営業が休止され、5月には全施設が大日本帝国海軍に接収された。海軍は山上駅付近に建設する特攻機射出用カタパルトへ向け、客室を取り払った車両で資材や特攻機「桜花」を運搬させた。カタパルトは終戦までに一度も使われることなく、戦後に破壊された。返還されたケーブルカーは旅客用に修復され、1946年(昭和21年)8月に営業を再開した。

戦後の数十年で路線は着実に近代化された。1949年(昭和24年)には中間駅の裳立山遊園地駅(現在のもたて山駅)が開業し、1958年(昭和33年)には全鋼製の2代目車両が導入された。1974年(昭和49年)には駅名が改称され、坂本駅はケーブル坂本駅に、叡山中堂駅はケーブル延暦寺駅となり、1984年(昭和59年)にはもう一つの中間駅であるほうらい丘駅が開業した。1992年(平成4年)9月に始まった大規模なリニューアルでは巻き上げ機と車両が取り替えられ、1993年(平成5年)6月からの全面運休を経て、同年7月24日に「縁」号・「福」号と名付けられた3代目車両とともに営業を再開した。

2003年(平成15年)4月にはスルッとKANSAIカードに対応した。2006年(平成18年)には車内照明や前照灯の電源を車載の蓄電池から取るよう改められ、1927年の開業以来の老朽化した架線は、蓄電池を充電する両端の駅構内を除いて2007年(平成19年)4月末までに撤去された。役割を終えた架線柱の1本はケーブル坂本駅入口わきにモニュメントとして保存されている。運営会社はかつて京福電気鉄道の子会社であったが、1992年に京福が全株式を譲渡したことで京阪電気鉄道の傘下に入り、現在の比叡山鉄道は京阪ホールディングスの連結子会社である。路線は比叡山へ通年で通じる唯一の公共交通として今も重要であり、真冬に叡山ケーブル・叡山ロープウェイや比叡山ドライブウェイ経由のドライブバスがいずれも運休する期間には、坂本ケーブルが山頂へ向かう公共交通機関の唯一のルートとなる。

年表

  • 19125月7日:比叡登山軽便電軌鉄道が坂本村 - 比叡山根本中堂間の鋼索鉄道の免許状を下付される(翌年失効)。
  • 192211月:3社が合同して「比叡登山鉄道株式会社」として出願する。
  • 19244月4日:比叡登山鉄道に鉄道免許状が下付され、10月に会社が設立される。
  • 192612月27日:社名を比叡山鉄道(比叡山鉄道株式会社)に変更する。
  • 19273月15日:坂本駅(現・ケーブル坂本駅) - 叡山中堂駅(現・ケーブル延暦寺駅)間が開業する。
  • 19453月19日:不要不急線として旅客営業を休止。5月、海軍に接収され、車両は特攻機射出用カタパルトへの資材・特攻機(桜花)運搬用に改造される。
  • 19468月7日:返還・修復された車両で運行を再開する。
  • 1949裳立山遊園地駅(現・もたて山駅)が開業する。
  • 1958全鋼製の2代目車両に更新される。
  • 19741月15日:坂本駅をケーブル坂本駅、裳立山遊園地駅をもたて山駅、叡山中堂駅をケーブル延暦寺駅に改称する。
  • 19844月26日:ほうらい丘駅が開業する。
  • 19929月:巻き上げ機・車両の取り替えを伴う全面リニューアル工事が始まる。
  • 19936月1日からの全面運休を経て、7月24日にリニューアル工事が竣工し、「縁」号・「福」号の3代目車両で営業を再開する。
  • 20034月1日:スルッとKANSAI対応カードで利用可能となる。
  • 2006車内照明・前照灯などの電源を蓄電池化する。
  • 20074月末までに、蓄電池を充電する両端の駅構内を除き、1927年以来の架線を撤去する。

出典