歴史
この路線の起源は日本国有鉄道(国鉄)の時代と、新潟県の上越地方と内陸の魚沼地方を結ぼうとする、はるかに古い地元の構想にさかのぼる。長年の請願を経て、1962年4月に路線は予定線に採択され、1962年5月には鉄道敷設法が改正されて当該区間が予定線として加えられた。1964年には工事線に格上げされて事業が日本鉄道建設公団に引き継がれ、同公団は1968年8月14日に六日町〜十日町間の工事に着手した。続いて南側の十日町〜犀潟間の工事も、1973年3月24日に始められた。
その後、工事は国鉄の財政破綻によって中断された。1980年12月27日の日本国有鉄道経営再建促進特別措置法によって、この路線のような未成の地方線の建設は凍結され、1982年までに工事は止まった。半ば建設された鉄道を放棄するのではなく、地元は第三セクターによる救済を進め、北越急行は1984年8月30日に設立され、1985年2月1日に鉄道事業免許を取得し、1985年3月16日から新会社の下で工事が再開された。路線の正式名称「ほくほく線」は、1992年6月16日に決定した。
ほくほく線は、工事の着手からおよそ30年後の1997年3月22日にようやく開業した。地方の第三セクター鉄道でありながら、当初から速達の地域間優等列車を走らせることを意図していたため、長大トンネルや緩やかな勾配・曲線、列車集中制御装置を備えた幹線並みの規格で建設されていた。開業当日に特急「はくたか」が当線で運転を開始し、越後湯沢駅で上越新幹線と接続して首都圏と北陸地方を結ぶ主要な鉄道連絡経路を形成し、JR東日本・JR西日本・北越急行の共同で運行された。
その後、路線は段階的に高速化された。「はくたか」は1998年12月8日から150キロメートル毎時運転となり、2002年3月23日からは160キロメートル毎時に達した。これは狭軌鉄道としては国内記録で、日本では標準軌の京成スカイライナーと並ぶものであった。深い山岳トンネルを貫く単独の在来線で行われたこの高速運転は、ほくほく線を全国的に注目される存在とし、地方の第三セクター鉄道としては異例なことに、特急料金や直通運賃という収益性の高い中核事業を北越急行にもたらした。
その事業は北陸新幹線によって終わりを迎えた。2015年3月14日に新幹線が金沢まで延伸されると、1日平均およそ6,900人を運んでいた「はくたか」はほくほく線から廃止され、線内の最高速度は160キロメートル毎時から130キロメートル毎時へと引き下げられた。速達の線内列車を残すため、北越急行は同じ2015年3月14日のダイヤ改正から、自社の「超快速」を「スノーラビット」の愛称で運転開始し、ごくわずかな停車駅で線内を走破させた。
2015年以降、ほくほく線は主に地域輸送の役割へと戻り、上越と南魚沼の間の雪国を、通勤客や地域の旅客を乗せて走っている。その優等列車の時代は、2023年3月18日のダイヤ改正で線内の通過運転を行う列車が全廃されたことにより、さらに遠のいた。160キロメートル毎時の特急のために建設された高規格の設備は、いまでははるかに静かな普通列車の運行に供されており、日本最速の狭軌鉄道であった短い時代の名残をとどめている。
年表
- 19624月22日:路線が予定線に採択される。5月12日には鉄道敷設法が改正され、当該区間が予定線として加えられる。
- 1964工事線に格上げされ、事業が日本鉄道建設公団に引き継がれる。
- 19688月14日:日本鉄道建設公団が国鉄の下で六日町〜十日町間の工事に着手する。
- 19733月24日:南側の十日町〜犀潟間の工事が始まる。
- 198012月27日:日本国有鉄道経営再建促進特別措置法が施行され、未成の当線の建設が凍結される。
- 19848月30日:当線を引き継ぎ完成させるため、第三セクターの北越急行株式会社が設立される。
- 19852月1日:北越急行が鉄道事業免許を取得。3月16日、新会社の下で工事が再開される。
- 19926月16日:路線の正式名称が「ほくほく線」に決定する。
- 19973月22日:ほくほく線が開業。同日、特急「はくたか」が越後湯沢〜金沢間で当線経由の運転を開始し、上越新幹線と接続する。
- 199812月8日:「はくたか」が150キロメートル毎時運転となる。
- 20023月23日:「はくたか」が160キロメートル毎時に達する。狭軌鉄道としては国内記録で、標準軌の京成スカイライナーと並ぶ。
- 20153月14日:北陸新幹線の金沢延伸に伴い、「はくたか」(1日平均約6,900人)が廃止され、線内最高速度が160から130キロメートル毎時へ引き下げられる。同日、北越急行は自社の超快速「スノーラビット」の運転を開始する。
- 20233月18日:このダイヤ改正により、線内で通過運転を行う列車が全廃され、優等列車の時代が終わる。
出典
事実確認日:2026年6月14日