歴史
この沿線には、古くから軽便鉄道が通っていた。1913年以来、井笠鉄道が当地で狭軌の路線網を運営しており、笠岡 - 井原間の本線に始まり、のちに矢掛・神辺方面への支線が加わった。一方の日本国有鉄道(国鉄)は倉敷・清音・矢掛間でバスを運行し、また吉備線の延伸路線として総社・井原・神辺間を結ぶ井原線を以前から計画していた。
国鉄井原線の建設は、1966年5月14日の起工式をもってようやく始まり、路線は国鉄の新線として建設された。国鉄線の建設が進むにつれ、並行する軽便鉄道は廃止されていき、井笠鉄道の神辺線・矢掛線が1967年に、本線が1971年に廃止された。廃止された線路跡は、新線に活用するため日本鉄道建設公団に買収された。
その後、計画は頓挫する。1980年、国鉄の累積赤字を食い止めるべく不採算路線の建設を凍結しようとした国鉄再建法の施行により、国鉄井原線は完成しないまま建設中止が決定された。すでに相当の土木構造物や高架線は造られていたが、軌道も列車も存在しなかった。
この路線を救ったのは地元自治体であった。国鉄の計画が中止された後の1986年、岡山・広島の両県と周辺自治体が中心となって第三セクターの井原鉄道が設立され、1987年からは、国鉄の計画ですでに完成していた高架線や路盤を活用して工事が再開された。
工事は1990年代後半に完了する。軌道の完成を記念するレール締結式が1998年6月30日に行われ、1999年1月11日、井原線は総社・清音・神辺間で開業した。国が1966年に起工してから30年あまりを経て、その路線がようやく使われることになったのである。JR西日本の伯備線と共用する総社 - 清音間の短い区間は複線で直流1,500ボルトで電化されているが、井原鉄道が建設したそれ以外の区間は単線・非電化であり、井原鉄道の列車はすべて気動車で運行される。
開業後、この路線は地方の通勤・地域輸送路線として定着していった。総社駅への乗り入れは2003年に削減され、2010年には全列車がワンマン化され、2011年には最高速度が110キロから95キロへと引き下げられた。2017年5月には、開業後の累計利用者が2000万人に達した。2018年7月には、西日本を襲った豪雨で路線が被災し、7月6日に全線が不通となったが、三谷 - 神辺間が7月10日に運転を再開し、2018年9月3日に全線で運転が再開された。
年表
- 191311月17日:井笠鉄道が本線(笠岡 - 井原間)を開業。この沿線にかつて通っていた軽便鉄道網の始まり。
- 19665月14日:国鉄井原線の起工式が行われ、国鉄新線として工事に着手(総社 - 井原 - 神辺の計画)。
- 1967並行する国鉄線の建設進展に伴い、井笠鉄道の神辺線・矢掛線が廃止される。
- 1971井笠鉄道の本線が廃止。廃止された線路跡は日本鉄道建設公団に買収され、活用されることになる。
- 1980国鉄再建法の施行により、国鉄井原線の建設中止が決定される(未完成のまま)。
- 1986岡山・広島県と周辺自治体が中心となり、第三セクターの井原鉄道が設立される。
- 1987国鉄の計画で既に完成していた高架線・路盤を利用し、井原鉄道のもとで工事が再開される。
- 19986月30日:レール締結式が行われる。
- 19991月11日:井原線が総社 - 清音 - 神辺間で開業。総社 - 清音間(伯備線共用)は複線・電化、他は単線・非電化で、気動車で運行。
- 200310月1日:総社駅への乗り入れ列車が削減される。
- 20103月13日:全列車がワンマン化され、休日ダイヤが開始される。
- 20116月:最高速度が110 km/hから95 km/hに引き下げられる。
- 20175月21日:開業後の累計利用者数が延べ2000万人に達する。
- 20187月6日:平成30年7月豪雨の影響で全線が不通となる。7月10日に三谷 - 神辺間が運転再開し、9月3日に全線で運転再開。
出典
事実確認日:2026年6月14日