歴史
この路線は、そもそも公共の鉄道としてではなく、水力発電の建設用の産業鉄道として建設された。1935年3月20日、大井川電力の専用鉄道「大井川専用軌道」として千頭駅 - 大井川発電所(現在廃止)間で運行を開始し、ダム建設のために労働者や資材を谷の上流へと運んだ。当初は軽便の762ミリメートル軌間で敷設され、内燃動力で運行された。翌1936年11月19日には貨車を直通させるために1,067ミリメートルへ改軌されたが、寸又川専用軌道(のちの千頭森林鉄道)が762ミリメートルのまま乗り入れていたため、千頭 - 沢間間は三線軌条とされた。この狭隘な出自は恒久的な痕跡を残し、トンネルも車両も非常に小さく、一般的な軽便鉄道の車両よりさらに小さいといわれる。
その後、鉄道は地域の電力会社の手を経ていく。1954年には中部電力の専用鉄道として延伸され、大井川ダムの建設のため現在の井川駅の先の堂平まで達し、「中部電力専用鉄道」と改称された。1959年には鉄道事業が電力会社から分離され、同年8月1日に大井川鉄道がこれを引き継いで「大井川鉄道井川線」として旅客営業を開始し、地方鉄道法に基づく初の公共輸送が始まった。鉄道資産の保有と赤字の補填は中部電力が担う体制で、これは現在に至るまで続いている。
初期の数十年間は両端で路線が縮小した。1969年に千頭森林鉄道が廃止されると、その後に千頭 - 沢間間の三線軌条のうち762ミリメートルの軌条が撤去された。1971年4月1日には末端が切り詰められ、井川 - 堂平間が廃止されて亀久保信号場も廃止され、井川が現在まで続く終点となった。また1970年からは、千頭 - 川根両国間に並行する側線で小型の観光用「ミニSL」列車が運行され、後に路線を特徴づける観光志向の先駆けとなった。このミニSLの運行は1989年末まで続いた。
この路線を決定づける変化は長島ダムによってもたらされた。1972年に着手され2002年に竣工したこのダムは、湛水によって路線の一部を水没させることになったが、補償金を受けて廃止することはせず、鉄道は新たな湖岸沿いに新線を建設した。新線には90パーミル(9パーセント)の急勾配が含まれたため、同社はアプト式ラック式鉄道を採用した。これは、1963年に国鉄信越本線の碓氷峠越えのラック区間が廃止されて以来、日本では途絶えていた技術であった。改築された区間は1990年10月2日に開業し、旧川根市代駅は移転してアプトいちしろ駅に、川根長島駅は接岨峡温泉駅に改称され、アプトいちしろ - 長島ダム間がラック区間として直流1,500ボルトで電化される一方、移設された経路上に長島ダム・ひらんだ・奥大井湖上の各駅が開業した。今日に至るまで列車はDD20形ディーゼル機関車で牽引・推進され、ラック区間ではED90形電気機関車が連結される。
それ以降、井川線は山岳地ならではの脆さと向き合いながら、ますます観光へと軸足を移していった。1999年には「南アルプスあぷとライン」の愛称が定められ、2009年には全線で自動列車停止装置(ATS)の使用が始まった。2000年代から2010年代、2020年代にかけては、土砂崩れや台風によって上部区間がたびたび数か月にわたって不通となった。2022年には「きかんしゃトーマス」のキャラクター列車「きかんしゃトビー号」が千頭 - 奥泉間で運行を開始した。2026年には、運営者が路線を明確に観光鉄道として位置づけ直す動きを進めた。4月に1乗車3,500円の均一運賃と予約制の観光運行への転換を発表し、この計画は沿線住民の反対を受けて5月にいったん延期されたが、6月2日には観光列車としての運行形態への切り替えを2026年7月1日より実施すると発表した。
年表
- 19353月20日:大井川電力の専用鉄道「大井川専用軌道」千頭駅 - 大井川発電所(現在廃止)間として開業(762mm軌間、内燃動力)。川根両国駅・沢間駅開業。
- 193611月19日:1,067mmに改軌。千頭駅 - 沢間駅間は762mmの寸又川専用軌道(のちの千頭森林鉄道)が乗り入れるため三線軌条とする。
- 19544月1日:中部電力の専用鉄道として大井川ダム - 堂平(井川駅の先)間の運行開始。大井川ダム建設のためのもので、「中部電力専用鉄道」に改称。
- 19598月1日:中部電力専用鉄道を大井川鉄道が引き継ぎ、「大井川鉄道井川線」として旅客営業開始(地方鉄道としての開業)。
- 1969千頭森林鉄道が廃止され、廃止後に千頭駅 - 沢間駅間の762mm軌条が撤去される。
- 197011月:千頭駅 - 川根両国駅間に並行する側線を往復するミニSL列車の運行開始。
- 19714月1日:井川駅 - 堂平駅間廃止、亀久保信号場廃止。井川駅が終点となる。
- 198911月26日:ミニSL列車の運行終了。
- 199010月2日:長島ダムにより一部区間が水没するため湖岸の新線に変更。旧川根市代駅を移転してアプトいちしろ駅に、川根長島駅を接岨峡温泉駅に改称し、アプトいちしろ駅 - 長島ダム駅間をアプト式の電化区間(直流1,500V)とする。長島ダム駅・ひらんだ駅・奥大井湖上駅開業。
- 19998月1日:愛称が「南アルプスあぷとライン」に決定。
- 20093月29日:全線で自動列車停止装置(ATS)の使用を開始。
- 20228月19日:千頭駅 - 奥泉駅間で「きかんしゃトビー号」が運行開始。
- 20264月に1乗車3,500円の均一運賃と予約制の観光運行への転換を発表(住民の反対を受け5月にいったん延期)した後、6月2日に観光列車としての運行形態への切り替えを7月1日より実施すると発表。
出典
事実確認日:2026年6月14日