歴史
この路線は国の計画として始まった。1961年6月16日に鉄道敷設計画に追加され、日本国有鉄道の建設線に指定されたのち、1964年に日本鉄道建設公団へ引き継がれ、1965年11月4日に建設工事が始まった。同公団は、当時亀山で方向転換や迂回を強いられていた紀勢本線の輸送が名古屋へより直接的に達することができるよう、幹線格の短絡線として建設した。
伊勢線は1973年9月1日に日本国有鉄道の路線として開業し、関西本線の南四日市から津までの26.0キロメートルを結び、鈴鹿・玉垣・稲生・中瀬古・河芸・東一身田の6駅が新設された。開業直後から直通の優等列車を担い、1973年10月1日には特急「くろしお」(1往復)と急行「紀州」(3往復)が亀山経由からこの新線経由に変更され、名古屋と紀伊半島とを結ぶ経路が短縮された。
その後10年ほどの間に直通の運行形態は移り変わった。1978年10月2日には「くろしお」が廃止されてこの線に急行(のちの特急)「南紀」が設定され、1982年5月17日には特急「紀州」が亀山経由に戻された。比較的短く利用の少ない国鉄線であった伊勢線は、1984年6月22日に第2次特定地方交通線に指定され、日本国有鉄道の分割に伴う改革のもとで第三セクター転換または廃止の対象となった。
廃止される代わりに、路線は新たな地域事業者へ引き継がれた。第三セクターの伊勢鉄道が1986年10月1日に設立され、国鉄分割民営化の直前にあたる1987年3月27日に国鉄伊勢線は廃止され、河原田 - 津間の22.3キロメートルとして伊勢鉄道のもとで再開業した。同日に伊勢上野駅が開業し、稲生駅が鈴鹿サーキット稲生駅に改称されて、近くの鈴鹿サーキットへの観客輸送という役割を反映した。
伊勢鉄道のもとで、路線はJRによる高速の直通運転に向けて改良された。1990年3月10日には快速「みえ」がこの線で運行を開始し、名古屋と紀勢本線・参宮線方面とを結んだ。1991年3月16日には徳田駅が開業し、最高速度が110キロメートル毎時に引き上げられた。最も列車本数の多い区間の複線化は1993年に完成し、河原田 - 玉垣間が3月7日までに、玉垣 - 中瀬古間が7月4日までに完成して、直通特急のための輸送力が増強された。
高速化と、JR東海が直通列車に対して支払う線路使用料とが相まって路線の収支は一変し、1996年度から伊勢鉄道は初めて黒字を計上した。今日、JR東海の特急「南紀」と快速「みえ」は伊勢線を経由して、名古屋と紀勢本線(新宮・紀伊勝浦方面)および参宮線(伊勢市・鳥羽方面)の各地とを直通している。JR東海の車両で伊勢鉄道の線路を走るこれらのJR列車は、自社の普通列車とともに、今なお当線の主たる収入源となっている。
年表
- 19616月16日:当路線が鉄道敷設計画に追加される。
- 1964幹線格の事業として、日本鉄道建設公団による建設に指定される。
- 196511月4日:建設工事が始まる。
- 19739月1日:伊勢線が日本国有鉄道の路線として、南四日市 - 津間26.0kmで開業。鈴鹿・玉垣・稲生・中瀬古・河芸・東一身田の6駅を新設。
- 197310月1日:特急「くろしお」(1往復)と急行「紀州」(3往復)が亀山経由から新線(伊勢線)経由に変更される。
- 197810月2日:「くろしお」が廃止され、当線に急行(のちの特急)「南紀」が設定される。
- 19825月17日:特急「紀州」が亀山経由に戻される。
- 19846月22日:伊勢線が第2次特定地方交通線に指定され、第三セクター転換または廃止の対象となる。
- 198610月1日:路線を引き継ぐため、第三セクターの伊勢鉄道が設立される。
- 19873月27日:国鉄伊勢線が廃止され、河原田 - 津間22.3kmの路線として伊勢鉄道のもとで再開業。伊勢上野駅が開業し、稲生駅が鈴鹿サーキット稲生駅に改称される。
- 19903月10日:快速「みえ」が当線を経由して、名古屋と紀勢本線・参宮線方面との間で運行を開始する。
- 19913月16日:徳田駅が開業し、最高速度が110km/hに引き上げられる。
- 1993最も列車本数の多い区間の複線化が完成。河原田 - 玉垣間が3月7日までに、玉垣 - 中瀬古間が7月4日までに完成する。
- 19961996年度から、JRの直通列車による線路使用料などに支えられ、伊勢鉄道が初めて黒字を計上する。
出典
事実確認日:2026年6月14日