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石川線

Hokuriku Railroad Ishikawa Line

北陸鉄道石川線(ほくりくてつどういしかわせん、Hokuriku Tetsudō Ishikawa-sen)は、中部地方の石川県で北陸鉄道(通称・北鉄〈ほくてつ〉)が所有・運営する営業キロ13.8キロメートルのローカル鉄道路線である。軌間1,067ミリメートル、全線単線で、直流600ボルトで電化されており、金沢市の野町駅から白山市の鶴来駅まで17駅を結び、最高速度70キロメートル毎時で所要時間は約30分である。かつてのより大きな北鉄路線網の生き残りであり、接続していた能美線・金名線とあわせて3線をまとめて「石川総線」と呼ばれていた。2025年には「白山ジオパークライン」という愛称が付けられた。

金沢金沢市2 km
石川線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は、木材・木炭・たばこなどの産地であった白山地域の貨物需要を背景に生まれた。貨物の見込みから、1912年に予備役陸軍工兵大尉の木尾久雄ら8人が、金沢市街の六斗林から鶴来町を結ぶ電気鉄道の敷設を出願し、1913年4月22日に軌間1,067ミリメートル・動力電気の鉄道免許状が下付された。才賀関係の出資者が破綻により手を引いて資金の目処が立たなくなったため再編が行われ、愛知県の建設業者が株式の過半を握って、1914年に石川電気鉄道株式会社が設立された。その後、不況と資材の高騰から電化と広い軌間はともに断念され、路線は1915年6月22日に新野々市駅(現在の新西金沢駅) - 鶴来駅間を軌間762ミリメートル・蒸気動力で開業し、社名にもかかわらず数日後の1915年6月30日に石川鉄道へと改称した。

金沢市街寄りの北側区間は別の会社から生まれた。1916年、金野軌道が野町駅 - 新野々市駅間を馬力・軌間890ミリメートルで開業し(1月14日)、さらに後に白菊町と呼ばれる西金沢の終点まで延伸した(8月30日)。一方、石川鉄道は同年12月に野々市連絡駅を設けた。同軌道は1919年に金野鉄道へ改称し、1920年に金沢電気軌道へ合併された。近代化の流れの中で、石川鉄道は1921年8月1日に新野々市駅 - 鶴来駅間を1,067ミリメートルに改軌し直流600ボルトで電化した。翌年には金沢電気軌道が旧金野線を同じ規格に作り替えて直通運転を開始し、1923年5月1日には同社が石川鉄道を買収した。

路線はさらに別の会社によって鶴来以遠へ延長された。金名鉄道が1927年12月28日に鶴来駅 - 神社前駅(後に白山比咩神社の最寄りである加賀一の宮駅へ改称)間を軌間1,067ミリメートル・蒸気動力で開業し、1929年に金沢電気軌道へ譲渡され、同年9月に電化された。1920年代から1930年代にかけて、沿線には多くの中間駅が開業した。戦時下における地方の電力・鉄道の統合は、企業の姿を大きく塗り替えた。1941年に北陸合同電気が金沢電気軌道を合併し、1942年にその交通部門を分離して(旧)北陸鉄道が設立され、1943年10月13日に同社が金石電気鉄道・温泉電軌・金名鉄道・能登鉄道などと合併して現在の北陸鉄道が成立し、当路線はその石川線となった。

最盛期には、路線は野町の北にある白菊町から加賀一の宮までを走り、能美線・金名線と直通運転を行って「石川総線」を形成していた。その路線網は両端から縮小していった。白菊町駅 - 野町駅間の旅客営業は1970年に廃止され、0.8キロメートルのこの区間は1972年9月20日に廃止、全線の貨物営業も1976年に廃止された。接続する能美線は1980年に、金名線は1987年に廃止され、これ以降、車内乗車券の路線表示は「石川総線」から単に「石川線」となった。

生き残った中心区間では近代化が続いた。1990年には冷房付きの7000系(元東急7000系)に置き換えられ、ワンマン運転が開始された。2002年には自動列車停止装置が使用を開始した。2006年12月1日には昼間の準急列車が全廃され、全列車が各駅停車の普通となった。そして路線の外側の末端が切り詰められた。2009年11月1日に鶴来駅 - 加賀一の宮駅間2.1キロメートルが廃止され、既存の路線バスで代替されて、神社のある町への鉄道輸送は終わった。2015年には中間駅の陽羽里駅が開業し、2019年には駅ナンバリングが導入された。

現在の石川線は、金沢市南部・野々市・白山を結ぶ小ぢんまりとした通勤・ローカル鉄道であり、元東急7000系と元京王3000系(7700系)の電車によって運行されている。2024年1月1日の能登半島地震の後も運休はごく短期間にとどまった。2025年11月には、沿線が含まれる白山手取川ユネスコ世界ジオパークにちなんで「白山ジオパークライン」へと愛称が改められ、2026年3月からはジオパークのヘッドマークを掲げた列車の運行を始めた。

年表

  • 19134月22日:石川電気鉄道に対し、金沢市六斗林 - 鶴来町間の軌間1,067 mm・動力電気の鉄道免許状が下付される。
  • 19156月22日:新野々市駅(現・新西金沢駅) - 鶴来駅間が軌間762 mm・蒸気動力で開業(社名に反し非電化)。6月30日に石川電気鉄道が石川鉄道へ改称。
  • 19161月14日:金野軌道が野町駅 - 新野々市駅間を馬力・軌間890 mmで開業。8月30日に西金沢(後の白菊町駅)まで延伸。
  • 19218月1日:石川鉄道が新野々市駅 - 鶴来駅間を1,067 mmに改軌し、直流600 Vで電化。
  • 192210月1日:金沢電気軌道が旧金野線を1,067 mmに改軌・電化のうえ地方鉄道線として開業し、石川鉄道線との直通運転を開始。
  • 19235月1日:金沢電気軌道が石川鉄道を買収(合併)。
  • 192712月28日:金名鉄道が鶴来駅 - 神社前駅(1937年に加賀一の宮駅へ改称、白山比咩神社の最寄り)間を軌間1,067 mm・蒸気動力で開業。1929年に金沢電気軌道へ譲渡され、同年9月に電化。
  • 194310月13日:(旧)北陸鉄道・金石電気鉄道・温泉電軌・金名鉄道・能登鉄道ほかが合併して現在の北陸鉄道が成立し、当路線がその石川線となる。(1941年に北陸合同電気が金沢電気軌道を合併、1942年に交通部門を分離して旧北陸鉄道を設立。)
  • 19704月1日:白菊町駅 - 野町駅間の旅客営業を廃止し、同区間は貨物列車のみの運行となる。
  • 19729月20日:白菊町駅 - 野町駅間が廃止される。
  • 19874月29日:接続する金名線が廃止(能美線は1980年に廃止)。これ以降、車内乗車券の路線表示が「石川総線」から「石川線」となる。
  • 19907月24日:通常運行列車を冷房完備の7000系(元東急7000系)へ置き換え、これに伴いワンマン運転を開始。
  • 200612月1日:準急列車を全廃し、全列車を普通とする。
  • 200911月1日:鶴来駅 - 加賀一の宮駅間2.1 kmを廃止し、既存の路線バスで代替する。
  • 20153月14日:中間駅の陽羽里駅が開業。
  • 202511月4日:沿線が含まれる白山手取川ユネスコ世界ジオパークにちなみ、愛称を「白山ジオパークライン」に決定。

出典