歴史
木原線(きはらせん)の建設は1922年(大正11年)公布の改正鉄道敷設法により決まったが、時期は未定であった。当時大原‐大多喜間では千葉県営の人車軌道とその後身である夷隅軌道が営業していたが、赤字経営で、沿線地域の経済力では再建不能の状態に陥っていた。木原線が実現すれば建設費及び営業赤字は政府負担となるため、地元では鉄道省への陳情を盛んに行い、1925年(大正14年)に木原線建設着工が承認された。夷隅軌道は木原線開業に伴って廃止されている。「木原線」の名は木更津の「木」と大原の「原」から取られたもので、本来は改正鉄道敷設法別表第48号により久留里線と結んで大原‐木更津間を結ぶ鉄道として計画されたが、上総中野‐上総亀山間は建設されなかった。
木原線の最初の区間である大原‐大多喜間の15.9キロは1930年(昭和5年)4月1日に開業し、上総東駅・国吉駅・上総中川駅が開業した。1933年(昭和8年)8月25日には大多喜‐総元間の6.4キロが、1934年(昭和9年)8月26日には総元‐上総中野間の4.6キロが開業して、大原‐上総中野間の26.9キロが全通した。開業当初は国鉄C10形・C12形蒸気機関車が客車を数両牽引し、1934年には列車本数を増発するためガソリンカーキハ40000形が投入されたが、同車は太平洋戦中のガソリン不足を補うため周辺で産出される天然ガス動力となって1944年(昭和19年)まで運行された。
戦後はC12による客車列車となり、1954年(昭和29年)には経営合理化と小型車両による増発を目的にレールバス(キハ10000形)が投入されたが、乗車定員が56人と少なく、車体が軽すぎて踏切感知が作動せず警報機が鳴らないなどの問題から7年で使用を終えた。沿線は人口希薄地帯で輸送量は多くなく、1968年(昭和43年)9月4日に国鉄諮問委員会により廃止対象のローカル線(赤字83線)に指定された。1970年(昭和45年)の夏には集中豪雨により路盤が流出して寸断され、7月1日から10月1日の全線復旧まで運転が休止された。1974年(昭和49年)10月1日には貨物営業が廃止された。
1980年の国鉄再建法により、1981年(昭和56年)9月18日に第1次特定地方交通線に指定され、転換・廃止の対象となった。1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継され、1988年(昭和63年)3月24日にJR木原線が廃止され、新たに結成された第三セクターのいすみ鉄道が運営するいすみ線として開業した。これは第1次廃止対象路線としては最後の転換であった。同時に大原‐西大原間が1.8キロから1.7キロに改キロされ、全線の営業キロは26.9キロから現在の26.8キロとなった。
開業以来の慢性的な赤字に悩まされ、廃止の危機に直面していたいすみ鉄道は、2000年代末から収入と乗客獲得のための施策を次々と打ち出した。2008年に城見ヶ丘駅を新設し、駅の命名権を地元企業に売却し、2009年(平成21年)10月1日にはムーミン列車の運行を開始して、ローカル線に観光客を引き寄せた。2011年(平成23年)4月29日からは、主に土休日にJR西日本から譲渡された気動車キハ52 125を用いた「観光急行列車」が運転され、同車は国鉄色の赤とクリームに塗装された。2013年(平成25年)3月9日からは同じくJR西日本出身のキハ28 2346が連結され、うち1両はイタリア料理などを提供する「レストラン・キハ」とされた。経営状態の回復が認められ、2010年(平成22年)8月6日に路線の存続が決定した。
ムーミン列車は2019年(平成31年)3月末で運行を終了し、国鉄型気動車も順次退役した―キハ28 2346は2023年(令和5年)2月8日で営業運転を終え、観光急行列車は2024年(令和6年)3月16日のダイヤ改正で定期運行を終了した。2024年10月4日、国吉駅‐上総中川駅間の踏切付近で2両編成の列車が脱線し、全線が運休となってバスによる代行輸送が始まった。いすみ鉄道は脱線の原因を軌道の保守不足としており、2025年時点で大原‐大多喜間の運転再開は2027年(令和9年)秋頃に予定されていた。
年表
- 191212月15日:千葉県営の軌間609ミリの人車軌道が大原‐大多喜間で開業。後の鉄道路線の前身となる。
- 1922改正鉄道敷設法(別表第48号)により、久留里線経由で大原‐木更津間を結ぶ計画として木原線の建設が決まるが、時期は未定だった。
- 1925木原線建設着工が承認される。赤字経営の夷隅軌道は、木原線開業に伴って廃止される。
- 19304月1日:木原線の最初の区間、大原‐大多喜間(15.9キロ)が開業。上総東駅・国吉駅・上総中川駅が開業。
- 19338月25日:大多喜‐総元間(6.4キロ)が開業。
- 19348月26日:最後の区間、総元‐上総中野間(4.6キロ)が開業し、大原‐上総中野間 26.9キロが全通。同9月15日に気動車運行を開始。
- 19372月1日:東総元駅・西畑駅が開業。
- 19606月20日:西大原駅・新田野駅・小谷松駅・久我原駅が開業。
- 19689月4日:国鉄諮問委員会により廃止対象のローカル線(赤字83線)に指定される。
- 19707月1日:集中豪雨により路盤が流出して寸断され、運転を休止(全線復旧は10月1日)。
- 197410月1日:貨物営業が廃止される。
- 19819月18日:国鉄再建法により第1次特定地方交通線に指定され、転換・廃止の対象となる。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継される。
- 19883月24日:JR木原線が廃止され、新たな第三セクターのいすみ鉄道によるいすみ線として開業(第1次廃止対象路線としては最後の転換)。大原‐西大原間の改キロにより全線は26.9キロから26.8キロとなる。
- 20088月9日:経営再建の一環として、新駅の城見ヶ丘駅が開業。
- 200910月1日:ムーミン列車の運行を開始し、ローカル線に観光客を引き寄せる。
- 20114月29日:主に土休日に、JR西日本から譲渡され国鉄色に塗装されたキハ52 125による「観光急行列車」が大多喜‐大原間で運転を開始。
- 20193月末:ムーミン列車が運行を終了し、大多喜駅で記念イベントが開かれる。
- 20243月16日:観光急行列車の定期運行が終了。10月4日、国吉駅‐上総中川駅間の踏切付近で2両編成の列車が脱線し、全線が運休となりバス代行輸送を開始。
- 2027秋頃(予定):大原‐大多喜間の運転再開が予定されている。
出典
事実確認日:2026年6月14日