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五日市線

Itsukaichi Line

五日市線(いつかいちせん)は、東京都西部で東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営する営業キロ11.1キロメートルの鉄道路線である。青梅線と八高線が接続する昭島市の拝島駅を起点とし、福生市・あきる野市を経て、終点の武蔵五日市駅まで西へ延びる。全線が単線で、軌間は1,067ミリメートルの狭軌、電化方式は直流1,500ボルト、最高速度は85キロメートル毎時で、駅数は7駅である。多くの列車が拝島から青梅線に直通して立川駅まで乗り入れ、ラインカラーは中央線・青梅線と共通のオレンジバーミリオンである。

東京福生市日の出町2 km
五日市線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は国ではなく、浅野財閥の私鉄であった五日市鉄道によって建設された。1925年(大正14年)4月21日に、拝島仮停車場と五日市駅(現・武蔵五日市駅)の間、約6.6マイル(約10.62キロメートル)が5駅で開業した。まもなく同年5月15日には拝島仮停車場から拝島駅までが延伸されて青梅電気鉄道の既設駅に乗り入れ、拝島仮停車場は廃止された。初期の駅のいくつかは間もなく改称され、増戸駅は5月に武蔵増戸駅となり、五日市駅は6月1日に武蔵五日市駅となった。

同じ1925年のうちに、会社は路線を山間部へも延ばした。9月20日に武蔵五日市駅から武蔵岩井駅までの支線(岩井支線)が開業し、これが以後何十年にわたって鉄道を支える石灰石・セメントの輸送を担った。1930年7月13日には、五日市鉄道が独自に立川駅 - 拝島駅間を開業して路線網が完成した。この区間は青梅電気鉄道(現・青梅線)と並行する遠回りの南側ルートを通り、立川駅 - 拝島駅間では2つの鉄道が競合する形となった。同年には路線の距離表記がマイルからキロメートルに改められた。

1940年10月3日、五日市鉄道は同じく浅野財閥の私鉄である南武鉄道に合併され、同社の五日市線となった。その南武鉄道も戦時に買収・国有化され、1944年4月1日に本路線は運輸通信省に移管されて国鉄の五日市線となった。立川駅 - 拝島駅間は並行する青梅線と重複していたため不要不急線とされ、1944年10月11日に休止されてそのまま復活することはなかった。ただし立川側の一部は、現在も中央線・南武線の列車が使用する連絡線(青梅短絡線)として残っている。

戦後の再編により、1949年6月1日に日本国有鉄道(国鉄)が発足すると、本路線もこれに承継された。1957年からは蒸気機関車や旧型客車に代わって気動車が導入され、1961年には拝島駅から武蔵岩井駅までの全線が直流1,500ボルトで電化され、以後は電車がすべての列車を担うようになった。沿線で宅地開発が進むにつれて、鉄道の性格は貨物輸送中心から通勤路線へと次第に変わり、戦前とは逆の重点となった。

鉱物輸送の衰退は岩井支線に終わりをもたらした。1971年2月1日に大久野駅 - 武蔵岩井駅間が廃止され、武蔵五日市駅より先の旅客営業が廃止されて残る区間は貨物支線となり、同時に全線に列車集中制御装置(CTC)が導入された。この貨物支線も1982年11月15日に廃止され、本路線の貨物営業は全廃した。廃止された支線の区間は現在路線バスが代替している。1987年3月31日に西秋留駅が秋川駅に改称されたのち、同年4月1日の国鉄分割民営化によって本路線は新しいJR東日本に承継された。

JR東日本発足後の本路線は近代化が進み、東京の通勤網に着実に組み込まれてきた。2007年3月18日からは新型のE233系電車が運用を開始して旧型車両を置き換え、2016年には首都圏規模の施策の一環として駅ナンバー(JC)が導入された。長年にわたり、朝夕の一部の列車は立川より先の中央線に直通して東京駅まで乗り入れ、拝島駅で分割・併合を行っていたが、2022年3月のダイヤ改正でこれらは縮小され、土休日の「ホリデー快速あきがわ」のみとなった。その列車も2023年3月に廃止され、中央線への直通運転はすべて終了した。現在、五日市線はすべてE233系で運転され、東京西部の郊外を結ぶ短い支線として機能している。

年表

  • 19254月21日:浅野財閥の会社である五日市鉄道が、拝島仮停車場 - 五日市駅間(約10.62km)を5駅で開業。
  • 19255月15日:拝島仮停車場から拝島駅まで延伸開業し青梅電気鉄道に乗り入れ、拝島仮停車場が廃止。
  • 19256月1日:五日市駅が武蔵五日市駅に改称(増戸駅は5月16日に武蔵増戸駅に改称)。
  • 19259月20日:武蔵五日市駅 - 武蔵岩井駅間の支線が開業し、大久野駅・武蔵岩井駅が開業。
  • 19307月13日:五日市鉄道が立川駅 - 拝島駅間を青梅電気鉄道と並行する南側ルートで開業。同年、距離表記がマイルからキロに変更。
  • 194010月3日:五日市鉄道が南武鉄道に合併され、同社の五日市線となる。
  • 19444月1日:南武鉄道が戦時買収・国有化され、本路線は運輸通信省の五日市線となる。
  • 194410月11日:青梅線と重複する立川駅 - 拝島駅間が不要不急線として休止され、復活しなかった。
  • 19496月1日:日本国有鉄道(国鉄)が発足し、本路線を承継。
  • 19575月19日:気動車が導入され、蒸気機関車牽引の列車を置き換え。
  • 19612月17日:拝島駅 - 武蔵岩井駅間の全線が直流1,500Vで電化され、以後電車が全列車を担う。
  • 19712月1日:大久野駅 - 武蔵岩井駅間が廃止され、武蔵五日市駅より先の旅客営業が廃止。残る区間は貨物支線となり、全線にCTCが導入された。
  • 198211月15日:武蔵五日市駅 - 大久野駅間の貨物支線が廃止され、本路線の貨物営業が全廃。
  • 19874月1日:(3月31日の西秋留駅→秋川駅改称を経て)国鉄分割民営化により本路線がJR東日本に承継される。
  • 20073月18日:新型のE233系電車が運用を開始し、旧型車両を置き換える。
  • 20223月12日:ダイヤ改正により立川以遠の中央線直通が縮小され、土休日の「ホリデー快速あきがわ」のみとなる。
  • 20233月:「ホリデー快速あきがわ」が廃止され、中央線への直通運転がすべて終了。

出典