歴史
城端線は私設鉄道として始まり、富山県で最初に建設された鉄道という特徴を持つ。1897年に中越鉄道(ちゅうえつてつどう)によって開業し、高岡周辺から南の城端までの路線が敷設された。最初の区間は黒田仮停車場から福野までで、1897年5月4日に約17.2キロメートルが開業した。その後鉄道は次々と延伸され、1897年8月18日に福光、1897年10月31日に城端へと達した。
直通の経路は1898年1月2日に完成し、残っていた高岡から黒田仮停車場までの短い区間が開業するとともに同仮停車場が廃止され、高岡から城端までが連続した路線となった。中越鉄道は高岡から北の伏木港方面へも建設しており、その路線網は伏木から高岡を経て城端へと至っていた。この構成は、のちに二つの別々のJR路線へと分けられることになる。
中越鉄道は1920年9月1日に国有化され、その路線網全体——伏木 - 高岡 - 城端の経路——が官設鉄道に編入されて中越線(ちゅうえつせん)となった。路線は20年にわたってその名称を保った。1942年8月1日に伏木 - 高岡間が氷見線に編入され、残る高岡 - 城端間が城端線に改称されて、今日まで続く名称となった。
日本国有鉄道(国鉄)の下で、この路線は気動車によって運行される非電化の地方ローカル線であり続けた。1983年3月1日には全線で列車集中制御装置(CTC)が使用開始され、制御センターは高岡に置かれた。1987年4月1日に国鉄が分割・民営化されると、城端線は新たに発足した西日本旅客鉄道(JR西日本)に継承され、以後同社が、金沢総合車両所富山支所に所属するキハ40系気動車によって運行を続けている。
路線は2015年3月14日、北陸新幹線の金沢延伸に合わせて新高岡駅が開業し、高速鉄道網との新たな接続を得て、城端線の利用者は新幹線との乗り換えが可能になった。これに先立つ2015年10月10日には、JR西日本が観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール」(べるもんた)を導入し、城端線・氷見線を走らせて砺波平野と海岸の景観を紹介した。さらに近年、2026年3月には新高岡 - 城端間でICカード「ICOCA」が利用できるようになった。
城端線は現在、JR西日本の路線網を離れることが予定されている。2023年10月、富山県と沿線自治体は、第三セクターのあいの風とやま鉄道が城端線・氷見線の両線をJR西日本から引き継ぐ方針で合意した。2024年2月8日には国土交通省が鉄道事業再構築実施計画を認定し、これに基づき、あいの風とやま鉄道への移管は——新型鉄道車両の全面的な導入とともに——計画の実施が始まった2024年2月からおおむね5年後に完了することとされている。
年表
- 18975月4日:中越鉄道が最初の区間、黒田仮停車場 - 福野間(約17.2km)を開業。富山県初の鉄道となる。
- 18978月18日:福野 - 福光間(約5.33km)を延伸。
- 189710月31日:福光 - 城端間(約5.03km)を延伸。
- 18981月2日:高岡 - 黒田仮停車場間(約2.21km)が開業し黒田仮停車場が廃止、高岡 - 城端間が全通。
- 19209月1日:中越鉄道全線が国有化され、伏木 - 高岡 - 城端間が中越線となる。
- 19428月1日:伏木 - 高岡間が氷見線に編入され、高岡 - 城端間が城端線に改称。
- 19833月1日:全線で列車集中制御装置(CTC)が使用開始。CTCセンターは高岡駅に置かれる。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により城端線は西日本旅客鉄道(JR西日本)が継承。
- 20153月14日:北陸新幹線金沢延伸に合わせて新高岡駅が開業し、新幹線との乗換駅となる。
- 201510月10日:観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール」(べるもんた)の運行を開始。
- 202310月23日:富山県や沿線自治体が、第三セクターのあいの風とやま鉄道が城端線・氷見線をJR西日本から引き継ぐ方針を固める。
- 20242月8日:国土交通省が城端線・氷見線の鉄道事業再構築実施計画を認定。あいの風とやま鉄道への移管と新型車両導入は、実施が始まる2024年2月から概ね5年後を目途とする。
- 20263月14日:新高岡 - 城端間でICカード「ICOCA」が利用可能となる。
出典
事実確認日:2026年6月14日