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常総線

Jōsō Line

常総線(じょうそうせん)は、茨城県にある営業キロ51.1キロメートルの鉄道路線で、私鉄である関東鉄道が運営する。JR常磐線と接続する取手から、守谷・水海道を経て筑西市の下館まで北へ走り、25の駅を結ぶ。軌間は1,067ミリメートルの狭軌である。路線名は、沿線がまたがる旧国名、すなわち常陸国と下総国に由来する。この路線最大の特徴は全線が非電化であることで、東京圏の通勤路線としては珍しい。1999年度には約1,416万人、1日あたりおよそ3万8千人を運んでおり、ウィキペディアはこれを日本で最も利用者の多い非電化私鉄路線と記している。

つくば市野田市柏市坂東市龍ケ崎市八千代町10 km
常総線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

路線は関東平野のほぼ中央を鬼怒川にほぼ並行して走り、性格の異なる二つの区間からなる。水海道以南は複線で、他社線への乗り換えを通じて東京方面への通勤を担う路線として機能し、単線の北側区間は田園地帯を走って鬼怒川沿いの集落を結ぶローカル線となっている。この路線は競合する計画の中から生まれた。常総鉄道線の敷設が計画されていた1911年、「下館 - 水海道 - 佐貫」の計画案と「下館 - 水海道 - 取手」の計画案がほぼ同時期に申請され、両者の話し合いの結果、佐貫計画案の事業者が申請を取り下げたため、現在の取手への経路が建設された。

常総鉄道は1913年11月1日に取手 - 下館間の全線を開業した。同社は内燃動力の早い導入者でもあり、1928年9月7日にガソリンカーの運転を開始している。会社の歴史はその後二つの合併を経た。1945年3月20日に常総鉄道は筑波鉄道(初代)と合併して常総筑波鉄道となり、1965年6月1日には常総筑波鉄道が鹿島参宮鉄道と合併して現在の関東鉄道となった。

戦後の短い期間、この路線は東京都心へ乗り入れていた。1948年2月1日から、下館から取手を経由してJR常磐線上野駅までの直通列車が運行された。この直通運転は1948年5月1日から下妻駅始終着に短縮され、1949年6月には常磐線の電化に伴って取り止めとなった。常磐線が電化されると、常総線の気動車・蒸気の車両がJR線上を走り続けることが現実的でなくなったためである。在来の貨物営業は1974年7月16日に廃止された。

常総線が一度も電化されてこなかった理由は、茨城県石岡市に所在する気象庁の柿岡地磁気観測所にある。電化は観測所の地磁気観測に影響を与えるため、観測を妨げないよう設計された「直直デッドセクション」方式の実験も行われたが、変電所が多数必要となり費用負担が大きすぎると判断され、同社は当面非電化での営業を続けることとした。1990年代以降、関東鉄道はかわりに高出力の新型気動車を相次いで投入し、スピードアップを図っている。

南側の通勤区間は、沿線の宅地化が進むにつれて段階的に複線化された。1960年代以降、住宅街や大規模な常総ニュータウンの開発によって、かつて田園地帯であった南側の多くがベッドタウンと化し、日本住宅公団などからの資金分担を得て、もともと単線であった取手 - 水海道間が複線化されていった。最初の区間である取手 - 寺原間は1977年4月7日に複線化され、以後順次区間が延び、1984年11月15日の新守谷 - 水海道間の複線化によって取手 - 水海道間17.5キロメートルの連続複線が完成した。これは非電化私鉄としては際立って長い複線区間である。水海道車両基地は1992年3月6日に使用を開始し、水海道 - 下館間では1997年5月10日にワンマン運転が導入された。

2005年8月24日のつくばエクスプレスの開業は、この路線の役割を大きく変えた。守谷駅が新しい高速線との乗換駅となり——これは両端の終点を除けば常総線唯一の途中接続駅である——あわせて行われたダイヤ改正で関東鉄道は初めて快速列車を新設し、全般的な増発と1 - 2両のワンマン運転化を進めた。この接続により、路線北部の利用者は守谷でつくばエクスプレスに乗り換えて東京都心へはるかに速く到達できるようになった。

近年で最も深刻な障害は、2015年9月の関東・東北豪雨であった。2015年9月10日、常総市内の鬼怒川の堤防が決壊し、線路が冠水、石下駅が水没し、南石下 - 三妻間で線路の道床が流失して、全線が運転見合わせとなった。その後数週間にわたり代行バスで不通区間を結びながら段階的に運行が再開され、2015年11月16日に快速運転を含む通常運行に戻った。さらに最近では、2025年3月17日のダイヤ改正で、2008年に廃止されて以来17年ぶりに3両編成が朝ラッシュ時に復活している。

年表

  • 1911常総鉄道の「下館 - 水海道 - 佐貫」案と「下館 - 水海道 - 取手」案がほぼ同時に申請され、佐貫案の事業者が取り下げて現在の取手経路に決まる。
  • 191311月1日:常総鉄道が取手 - 下館間を全線開業。
  • 19289月7日:内燃動力(ガソリンカー)の併用運転を開始。
  • 19453月20日:常総鉄道が筑波鉄道(初代)と合併して常総筑波鉄道となる。
  • 19482月1日:下館から取手を経由して常磐線上野駅までの直通運転を開始(5月1日から下妻駅始終着に短縮)。
  • 19496月:常磐線の電化に伴い、直通列車の運行を取り止め。
  • 19656月1日:常総筑波鉄道が鹿島参宮鉄道と合併して関東鉄道となる。
  • 19747月16日:貨物営業を廃止。
  • 19774月7日:取手 - 寺原間が複線化される(最初の複線区間)。
  • 198411月15日:新守谷 - 水海道間が複線化され、取手 - 水海道間17.5kmの複線化が完成。
  • 19923月6日:水海道車両基地が完成して使用開始。小絹 - 水海道間に南水海道信号所を開設。
  • 19975月10日:水海道 - 下館間でワンマン運転を実施。
  • 20058月24日:つくばエクスプレス開業。守谷が乗換駅となり、快速列車を新設、1 - 2両のワンマン運転化を進める。
  • 20159月10日:関東・東北豪雨で鬼怒川の堤防が決壊。線路冠水・石下駅水没・南石下 - 三妻間の道床流失で全線運転見合わせとなる。11月16日に快速を含む通常運行へ復帰。
  • 20253月17日:ダイヤ改正で、2008年の廃止以来17年ぶりに3両編成が朝ラッシュ時に復活。

出典