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可部線

Kabe Line

可部線(かべせん)は、広島市内を走る営業キロ15.6キロメートルの通勤路線で、西日本旅客鉄道(JR西日本)が運営する。正式な分岐駅は山陽本線の横川駅であるが、列車は広島駅まで直通運転しており、路線は太田川の右岸に沿って北へと上り、安佐北区のあき亀山駅に至って、市の北郊に広がるニュータウンを結んでいる。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、直流1,500ボルトの架空電車線方式で電化されており、現在の駅数は14駅である。

広島東区府中町2 km
可部線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

日本の多くの近郊路線と同じく、可部線も小さな私鉄として始まった。1909年12月19日に大日本軌道広島支社線が横川 - 祇園間を開業し、1911年6月12日には可部まで延伸されて、路線名の由来となる終点を得た。生まれたばかりの鉄道はその後たびたび経営主体を変え、1919年3月11日に可部軌道へ譲渡され、1926年5月1日に広島電気へ合併、さらに1931年7月1日に広浜鉄道へ譲渡された。この路線は昭和初期に電化されている。

鉄道は1936年9月1日に公有化され、横川 - 可部間が買収・国有化されて、鉄道省(国鉄)の可部線となった。国はその後、広島と山陰側の浜田を結ぶ計画線の一部として、路線を北へと延伸していった。最初の国有化後の延伸である可部 - 安芸飯室間(11.1キロメートル)は、国有化からわずか数週間後の1936年10月13日に開業したが、当初の近郊区間とは異なり、これらの新区間は非電化で建設された。

延伸はその後数十年にわたり段階的に続いた。1954年3月30日には布 - 加計間(18.5キロメートル)が開業し、1969年7月27日には加計 - 三段峡間(14.2キロメートル)が開業して、景勝地である三段峡に到達し、三段峡は横川から60.2キロメートルの地点となった。山陰本線の浜田に向かう残りの区間の建設は1974年に始まったが、1980年に中止され、この陰陽連絡線が完成することはなかった。一方、電化された内側の区間は近代化が進められ、架線電圧は1948年10月1日に750ボルトへ、さらに1962年4月23日には国鉄標準の1,500ボルトへと昇圧された。

三段峡へと続く非電化の長い末端区間は終始利用が少なく、1968年9月4日以降、この路線は政府が廃止候補とした赤字路線の一覧である「赤字83線」に名を連ねた。路線はこのときの廃止を免れ、1987年4月1日には国鉄分割民営化に伴い、国鉄網の他の路線とともに新たに発足した JR西日本へ承継された。可部 - 三段峡間にはワンマン運転が導入された。1991年には可部以南の全列車が広島駅へ直通運転を開始し、市内の通勤路線としての性格が強まった。

それでも地方区間の利用は減り続け、2003年12月1日には非電化の可部 - 三段峡間の全区間(46.2キロメートル)が、河戸 - 三段峡間の21駅とともに廃止され、路線はもともとの電化された横川 - 可部間の近郊路線へと戻った。これで話が終わってもおかしくなかったが、そうはならなかった。2011年2月4日、JR西日本は、廃止された線路敷のうち可部から旧河戸駅付近までの1.6キロメートルの区間を電化して復活させると発表した。これは国鉄分割民営化以降、JRグループ会社による初めての廃止区間の再開業であった。

この復活は2017年3月4日に実現し、可部から新たな終点あき亀山までの、再建され新たに電化された延伸区間が、河戸帆待川・あき亀山の2つの新駅とともに開業した。この再開業により、可部線は廃止されたJRの区間が旅客営業に復活した稀有な事例となり、路線は現在の姿——広島の北郊から市の中心部へと人々を運ぶ、営業キロ15.6キロメートルの全線電化された近郊路線——となった。

年表

  • 190912月19日:大日本軌道広島支社線として横川 - 祇園間が開業。
  • 19116月12日:可部まで延伸開業し、当初の私鉄区間が全通する。
  • 19193月11日:可部軌道へ譲渡。
  • 19265月1日:広島電気に合併。
  • 19317月1日:広浜鉄道へ譲渡。
  • 19369月1日:横川駅 - 可部駅間が買収・国有化され、可部線となる。
  • 193610月13日:可部駅 - 安芸飯室駅間(11.1km)が非電化で延伸開業。
  • 194810月1日:架線電圧が750Vに昇圧。
  • 19543月30日:布駅 - 加計駅間(18.5km)が延伸開業。
  • 19624月23日:架線電圧を750Vから国鉄標準の1,500Vに昇圧。
  • 19689月4日:政府の廃止候補である「赤字83線」に選定される。
  • 19697月27日:加計駅 - 三段峡駅間(14.2km)が延伸開業し、三段峡は横川から60.2kmの地点となる。
  • 19801974年に着工された山陰本線浜田方面への延伸計画の建設が中止され、陰陽連絡線は未完に終わる。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道が承継。可部 - 三段峡間にワンマン運転を導入。
  • 19913月16日:可部駅以南の全列車が広島駅へ乗り入れ開始。
  • 200312月1日:非電化の可部駅 - 三段峡駅間(46.2km)および河戸駅 - 三段峡駅間の21駅が廃止。
  • 20112月4日:JR西日本が、廃止区間のうち可部 - 旧河戸駅間の1.6kmを電化して再開業すると発表。国鉄分割民営化以降、JRグループ初の廃止区間再開業となる。
  • 20173月4日:再建・電化された可部 - あき亀山間(1.6km)が、河戸帆待川・あき亀山の2新駅とともに延伸開業(復活)。廃止されたJR区間の稀有な復活となる。

出典