歴史
この路線は、私設の狭軌軽便鉄道として始まった。岩手軽便鉄道は1913年10月25日に最初の区間である花巻 - 土沢間を開業し、その後の2年間にわたって短い区間ごとに延伸していった。すなわち土沢から岩根橋に向けて西へ、また遠野を経て山地に向けて東へと延びていったのである。これらの区間は、当時の日本の軽便鉄道に典型的な狭い762ミリメートル軌間で敷設された。
二つの区間は1915年11月23日に結ばれた。この日、岩根橋 - 柏木平間が開業し、花巻 - 仙人峠間の直通運転が可能となった。仙人峠で鉄道は険しい地形に行き当たった。そこから先、鉄鉱山の町である釜石までは線路ではなく索道で結ばれており、貨物も旅客も海岸へ達するには乗り換えを要した。
岩手軽便鉄道は1936年8月1日に買収・国有化され、花巻 - 仙人峠間が官営の釜石線となった。国有化後、この路線は日本の標準的な1,067ミリメートル軌間へと順次改築されていった。花巻 - 柏木平間は1943年9月20日に改軌され、続いて柏木平 - 遠野間が1949年12月10日に改軌された。
一方、海岸側の区間は釜石の側から着手された。1944年10月11日には釜石 - 陸中大橋間の貨物線が釜石東線として開業し、それまでの内陸側の区間は釜石西線と改称された。釜石 - 陸中大橋間の旅客営業は1945年6月15日に始まった。
直通経路は1950年10月10日にようやく完成した。この日、足ケ瀬 - 陸中大橋間が開業して東線と西線が一本の90.2キロメートルの鉄道として結ばれ、花巻 - 釜石間が全通した。新たな経路の完成に伴い、急勾配の足ケ瀬 - 仙人峠間は廃止され、結ばれた路線は単に釜石線と名付けられた。蒸気機関車の運転は1967年3月20日に終了し、全線が無煙化(ディーゼル化)された。
1987年4月1日の日本国有鉄道の分割民営化に伴い、釜石線は新たに発足した東日本旅客鉄道に承継され、以後同社が岩手内陸部の町々と海岸を結ぶ地方路線として運営を続けている。
近年、この路線は蒸気機関車による観光で最もよく知られるようになった。2014年4月12日からJR東日本は、復元された国鉄C58形機関車C58 239が牽引する観光列車「SL銀河」を主に週末に運行した。この列車は路線の銀河鉄道のテーマを体現していたが、客車の老朽化により2023年6月11日に運行を終了した。その後、路線の観光輸送の役割は新しい列車へと引き継がれ、2023年12月23日にはHB-E300系ハイブリッド気動車による観光列車「ひなび(陽旅)」が運行を開始した。
年表
- 191310月25日:私設の岩手軽便鉄道が最初の762mm軌間の区間、花巻 - 土沢間を開業。
- 191511月23日:岩根橋 - 柏木平間が開業し、花巻 - 仙人峠間(65.4km)が全通。仙人峠から釜石の鉱山へは線路ではなく索道で連絡していた。
- 19368月1日:岩手軽便鉄道が買収・国有化され、花巻 - 仙人峠間が官営の釜石線となる。
- 19439月20日:花巻 - 柏木平間を762mmから1,067mmに改軌。
- 194410月11日:釜石 - 陸中大橋間の貨物線が釜石東線として開業し、内陸側の区間は釜石西線と改称。
- 19456月15日:釜石 - 陸中大橋間(釜石東線)で旅客営業を開始。
- 194912月10日:柏木平 - 遠野間を762mmから1,067mmに改軌。
- 195010月10日:足ケ瀬 - 陸中大橋間が開業して東線・西線が結ばれ、花巻 - 釜石間の90.2kmが釜石線として全通。急勾配の足ケ瀬 - 仙人峠間を廃止。
- 19673月20日:蒸気機関車の運転を終了し無煙化(ディーゼル化)。
- 19874月1日:国鉄分割民営化に伴い、釜石線は東日本旅客鉄道(JR東日本)が承継。
- 20144月12日:復元された国鉄C58形機関車C58 239が牽引する観光列車「SL銀河」が、主に週末に運行を開始。
- 20236月11日:客車の老朽化により「SL銀河」の運行を終了。
- 202312月23日:HB-E300系ハイブリッド気動車による観光列車「ひなび(陽旅)」が運行を開始。
出典
事実確認日:2026年6月14日