歴史
上飯田線は独特の二層構造をとっている。施設は第三セクターの上飯田連絡線株式会社が第三種鉄道事業者として所有し、列車の運行は名古屋市交通局が第二種鉄道事業者として担っている。上飯田連絡線は隣接する味鋺 - 上飯田間の施設も所有しているが、その区間は名鉄が運営する線区となっている。2003年の開業当初は名古屋市交通局の運転士(名城線の運転区が担当)が運転していたが、2007年4月からは交通局が運転業務を名鉄に委託し、現在は名鉄の犬山乗務区の乗務員が平安通 - 犬山間を通して乗務している。協定などでは、この路線は名古屋市高速度鉄道上飯田線と称される。
この路線は、名古屋が失った連絡手段に起源を持つ。名鉄小牧線はかつて、小牧駅から名鉄岩倉支線を経て犬山線へ、あるいは上飯田駅で名古屋市電御成通線に乗り換えることで、鉄軌道によって名古屋の中心部と結ばれていた。しかし1964年に岩倉支線が、1971年に御成通線が廃止されると、小牧線は市内の他の鉄道との鉄軌道による連絡手段を失い、乗客はバスへの乗り換えを強いられた。この連絡を回復することが、上飯田線の目的となった。
平安通・上飯田を通る鉄道の構想は、1972年の都市交通審議会答申第14号にさかのぼり、そこでは金山・市役所・平安通・上飯田を結ぶ「7号線」が提案されていた。この計画はその後立ち消えとなり、1992年の運輸政策審議会答申第12号で路線網が見直された結果、味鋺から上飯田・平安通を経て新栄町・丸田町に至る路線が新たに現れ、そのうち味鋺 - 上飯田 - 平安通の区間(上飯田連絡線)は、小牧線と名古屋市営地下鉄との連絡を改善するため緊急に整備すべきものとされた。1994年に上飯田連絡線株式会社が設立され、平安通 - 上飯田間の建設は名古屋市交通局に委託された。
建設工事は1996年9月3日に着手された。路線は2003年3月27日に平安通 - 上飯田間の1区間として開業し、開業初日から名鉄小牧線との相互直通運転を行い、同時に交通局の新型車両7000形が営業運転を開始した。小牧線が上飯田駅の北で矢田川と庄内川をくぐる構造のため、この路線は深い位置に建設され、両駅とも地上から20メートル以上の深さにある。ホームは将来の輸送量増加を見込んで6両編成に対応する長さで建設されたが、列車は4両編成で運行されている。
開業後はいくつかの変化があった。2007年4月1日には合理化のため交通局が日常の運転業務を名鉄に委託し、同年6月30日には開業後初のダイヤ改正が行われて、平安通駅での名城線との接続が改善された。非接触式ICカードのmanacaは2011年2月11日に導入され、他の全国相互利用対応の交通系ICカードとともに両駅で利用できる。2024年3月16日のダイヤ改正では平日朝および土休日夕方の運行本数が削減され、ホーム上の時刻表が撤去された。
現在、上飯田線は名城線を介して小牧線と名古屋中心部とを結ぶ直通客を着実に運んでいるが、上飯田駅からの利用者は平安通駅で乗り換えが必要となるため、線内単独の利用は多くない。昼間の運行は1時間あたり4本で、日本の地下鉄でも最も少ない部類の運行頻度となっている。1992年の計画では、この路線を桜通線・東山線を越えて南の名古屋市中区丸田町付近まで延伸する構想もあったが、名古屋市が桜通線の徳重駅延伸以降は新規の路線開設や延伸を行わないと表明したことから、その延伸の実現は困難とされている。
年表
- 1964名鉄岩倉支線が廃止され、小牧線が名古屋中心部と結ばれる鉄軌道の連絡手段の一つが失われる。
- 1971名古屋市電御成通線が廃止され、小牧線は市内の他の鉄道との鉄軌道による連絡手段を失う。
- 1972都市交通審議会答申第14号で、金山・市役所・平安通・上飯田を結ぶ「7号線」が提案される。
- 1992運輸政策審議会答申第12号で計画が見直され、味鋺 - 上飯田 - 平安通の上飯田連絡線が緊急整備対象とされる。
- 1994上飯田連絡線株式会社が設立され、平安通 - 上飯田間の建設が名古屋市交通局に委託される。
- 19969月3日:建設工事に着手。
- 20033月27日:平安通 - 上飯田間が開業。名鉄小牧線との相互直通運転を開始し、7000形が営業運転を開始する。
- 20074月1日:交通局が運転業務を名鉄に委託し、名鉄の乗務員が平安通 - 犬山間を通しで乗務するようになる。
- 20076月30日:開業後初のダイヤ改正が行われ、平安通駅での名城線との接続が改善される。
- 20112月11日:交通系ICカードmanacaが導入され、両駅で全国相互利用対応カードが使用可能となる。
- 20243月16日:ダイヤ改正で平日朝・土休日夕方の運行本数が削減され、ホーム上の時刻表が撤去される。
出典
事実確認日:2026年6月14日