歴史
この路線の起源は、人が車両を押して動かす人車軌道、帝釈人車鉄道である。1897年(明治30年)に日本鉄道が金町駅を開業すると、近くの柴又帝釈天への参詣者が増加し、その便を図ろうと1899年(明治32年)に帝釈人車鉄道が設立され、同年のうちに柴又 - 金町間で営業を開始した。1899年12月17日に開業したこの当初の路線は軌間610ミリメートルの狭軌で建設され、全線複線で、柴又・金町の両終端には車両を方向転換するためのループ線が設けられていた。客車は1両6人乗りで64両あり、通常は1人で押して運行していたという。1907年(明治40年)には社名を帝釈人車軌道と改めた。
1909年(明治42年)、成田山や柴又帝釈天への参詣客輸送を目的に、現在の京成電鉄にあたる京成電気軌道が設立され、帝釈天を経て金町へ至る路線を計画した。この計画ルートが人車軌道と重なっていたため、帝釈人車軌道は1912年(明治45年)4月27日に柴又 - 金町間の軌道特許を京成電気軌道へ譲渡した。同じ年の1912年11月3日、京成電気軌道は曲金(現在の京成高砂) - 柴又間を支線として開業させた。この区間は当初から電化されており、軌間は1,372ミリメートルであった。
1913年(大正2年)6月26日には曲金駅が高砂駅に改称され、同年10月21日には元・帝釈人車軌道の線路が改築されて柴又 - 金町間が電車線として再び開業し、人車による運行は終了した。両端の駅が現在の名称になったのは1931年(昭和6年)11月18日のことで、高砂駅が京成高砂駅に、金町駅が京成金町駅に改称された。1945年(昭和20年)2月20日には、全線が軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道へと変更された。
大きな変化は1959年(昭和34年)11月17日に訪れ、全線が軌間1,372ミリメートルから1,435ミリメートルの標準軌へと改軌され、京成の他の路線と軌間がそろって直通運転が可能になった。その後も長らく当線では、線内を折り返す列車のほか、本線を経て京成上野へ直通する列車や、少数ながら押上線を経て押上へ直通する列車が運行された。1987年から1998年までの大晦日には、終夜運転として京急の路線方面から京成金町まで直通する列車も運行され、年始に柴又帝釈天へ向かう参詣客を運ぶという当線の役割をよく表していた。
2006年(平成18年)12月、京成電鉄は、2010年(平成22年)の成田空港線開業によって付近の踏切の遮断時間が増えるのを防ぐため、本線の高架化を待たずに金町線のみを京成高砂駅付近で高架化する計画を発表した。高架化工事は2010年7月5日に完成した。同日から、京成高砂駅では単式1面1線の高架ホーム(5番線)が専用の改札口とともに使用を開始し、運行上は全線が単線となって、ダイヤ改正によりすべての列車が線内折り返し運転となった。それまでラッシュ時を除けば3駅の線内を1本の列車が走るだけであったのが、2本の列車が走って柴又駅ですれ違うようになった。
現在、金町線の列車はすべて4両編成の普通列車で、京成高砂駅と京成金町駅の間を折り返し運転し、平日のラッシュ時はおよそ10分間隔、日中は15分間隔で運行され、早朝・深夜を除いて柴又駅で列車交換を行う。2022年(令和4年)11月26日には、日中時間帯の列車でワンマン運転が始まった。柴又帝釈天へのアクセス路線として、当線では現在も大晦日の終夜運転や正月三が日に臨時列車が運転されており、帝釈天や近くの葛飾柴又寅さん記念館、矢切の渡しを擁する唯一の中間駅・柴又は、日常の通勤客に加えて観光客でにぎわっている。
年表
- 189912月17日:人車軌道の帝釈人車鉄道が柴又 - 金町間を軌間610mmで開業。
- 1907帝釈人車鉄道が帝釈人車軌道に社名を改める。
- 19124月27日:帝釈人車軌道が柴又 - 金町間の軌道特許を京成電気軌道(現・京成電鉄)に譲渡。
- 191211月3日:京成電気軌道が曲金(現・京成高砂) - 柴又間を開業。当初より電化、軌間1,372mm。
- 19136月26日:曲金駅を高砂駅に改称。
- 191310月21日:元・帝釈人車軌道の軌道が改築され、柴又 - 金町間が電車線として開業(人車の運行を終了)。
- 193111月18日:高砂駅を京成高砂駅、金町駅を京成金町駅に改称。
- 19452月20日:全線を軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更。
- 195911月17日:全線を軌間1,435mmの標準軌に改軌。
- 20096月30日:京成創立100周年記念列車として3300形リバイバルカラー車による臨時列車を京成金町まで運行。
- 20107月5日:京成高砂駅付近の高架化工事が完成。単線の高架ホーム(5番線)と専用改札が供用開始され、運行上は全線単線化、全列車が線内折り返しとなり柴又で列車交換を行う。
- 202211月26日:日中時間帯の列車でワンマン運転を開始。
出典
事実確認日:2026年6月14日