歴史
この路線は、金沢の海岸沿いで進められていた広大な埋立地に鉄道アクセスを提供する計画から生まれた。建設は1973年の横浜市の総合計画と、1981年の「よこはま21世紀プラン」の中で構想され、1983年からは建設省・運輸省の指導のもとでまとめられた「新交通システムの標準化とその基本仕様」に沿って設計された。並木中央 - 福浦間の土木工事は1984年11月15日に始まった。
事業は第三セクターの横浜新都市交通株式会社によって運営された。早期開業を図るため、金沢八景側は仮駅を設けて開業し、金沢シーサイドラインは1989年7月5日に暫定的に開業して、埋立地の臨海部を横切って新杉田と金沢八景を結んだ。
自動化は段階的に進められた。1992年に一部列車で自動運転が始まり、1994年からは訓練車・試運転車を除く全列車が無人運転となって、当線は日本における完全な無人都市交通システムの一つとなった。当初の1000形車両は順次置き換えられ、新型の2000形が2011年2月26日に運転を開始し、最後の1000形が2014年5月24日に営業運転を終えた。2013年10月1日には、運営会社が横浜新都市交通株式会社から横浜シーサイドライン株式会社へと改称された。
南端で長く計画されていた改良は、2019年にようやく実現した。2019年3月31日に金沢八景駅の本駅が開業し、仮の終点から京急本線の金沢八景駅のすぐ隣にある新駅まで路線がわずかに延伸され、両鉄道間の乗り換えが大きく改善された。
そのわずか2か月余り後、当線は最も深刻な事故に見舞われた。2019年6月1日の20時15分ごろ、新杉田駅で列車が逆方向に発車し、ホーム端の車止めに後退して衝突した。日本側の記録によれば乗客15名が負傷し、うち6名が重傷であった。無人運転は中止され、6月4日からは係員が乗務する手動運転で全線が運転を再開した。自動運転は2019年8月31日に再開され、土休日・平日のダイヤはその後の数か月で順次通常に戻った。
延伸工事は2021年2月14日に完了し、金沢八景の区間が複線化されて、2019年の本駅開業に始まった事業が完成した。今日の金沢シーサイドラインは、新杉田で根岸線、金沢八景で京急の路線網への結節路線として機能し、通勤客や医学部キャンパスへ向かう学生、横浜南部の海岸沿いにある八景島シーパラダイスへの来訪者を運んでいる。
年表
- 1973「横浜市総合計画」の中で当線の建設が計画される。
- 1981「よこはま21世紀プラン」の中で建設が計画される。
- 1983建設省・運輸省の指導により「新交通システムの標準化とその基本仕様」に沿って設計される。
- 198411月15日:並木中央駅 - 福浦駅間(約2.3 km)の工事を開始。
- 19897月5日:金沢八景側に仮駅を設けて、新杉田 - 金沢八景間が暫定的に開業。
- 1992一部列車において自動運転が開始される。
- 1994訓練車・試運転車を除く全列車が無人運転となる。
- 20112月26日:ダイヤ改正で2000形が運転を開始。
- 201310月1日:運営会社が横浜新都市交通株式会社から横浜シーサイドライン株式会社へ改称される。
- 20145月24日:1000形の営業運転が終了。
- 20193月31日:金沢八景駅の本駅が開業(延伸事業)。
- 20196月1日20時15分ごろ:新杉田駅で逆走事故が発生し、乗客15名が負傷、うち6名が重傷。無人運転を中止し、6月4日に手動運転で全線運転再開、8月31日に自動運転を再開。
- 20212月14日:金沢八景駅の複線化により延伸事業が完了。
出典
事実確認日:2026年6月14日