歴史
この路線に至る構想は、19世紀末から20世紀初頭にかけての数々の頓挫した計画にさかのぼる。1894年、烏山町の島崎善平らは、水害の危険が高い日本鉄道奥州線の鬼怒川渡河を避け、現在の水戸線川島駅に至る「常野鉄道」の開設を県に願い出たが、この構想は実現しなかった。その後、奥州線が東へ移設されて宝積寺駅が開業すると、地元の有志は烏山と宝積寺を結ぶ人車鉄道を建設すべく「烏山人車鉄道会社」を設立したが、この計画もまた実現しなかった。
実現した事業は軽便鉄道として始まった。1911年から烏山町民は烏山と宝積寺を結ぶ軽便鉄道の敷設を鉄道院に再三請願し、1912年2月28日に宝積寺から烏山に至る路線が帝国議会で可決された。日露戦争以来の政府の資金不足で着工は遅れたが、第一次世界大戦に伴う好景気でようやく国の手による建設の資金が整い、1921年1月に宝積寺 - 文狭間の工事が着手された。路線は1923年4月15日に国営の烏山線として開業し、熟田(にいた、当時の表記)・大金・烏山の各駅が設けられた。地元では一時「烏宝線」とも呼ばれた。
戦前から戦後初期にかけては段階的な変化があった。熟田駅は1925年に改称され、1934年8月15日には気動車の運行が始まり、これに合わせて下野花岡・鴻野山・小塙の各駅が開業し、宇都宮駅への直通運転もまもなく定着した。滝駅は1954年に開業した。当線は開業当初から蒸気機関車牽引の客貨混合列車で運行されていたが、1951年に一部の便で機械式の気動車が登場し、1957年に液体式の車両に置き換えられ、蒸気機関車による運用は1960年7月に廃止された。
日本国有鉄道の時代、当線は繰り返し廃止の危機に直面したが存続した。1960年には諮問機関が不採算としてバス転換を答申し、1968年には廃止対象の「赤字83線」に選定された。しかし1970年の全国の収支係数の検討で、烏山線は比較対象の複数の路線より良好な成績であることが判明して存続が決まり、以後は特定地方交通線にも選定されず、同じ赤字83線の他路線が被った第三セクター化を免れた。1979年6月1日に全線の貨物営業が廃止され、翌日からキハ40系気動車の運行が始まった。
1987年4月1日の国鉄分割民営化に伴い、当線はJR東日本に承継された。1990年3月10日には全線でワンマン運転が始まった。当線は「宝積寺」「大金」という縁起の良い駅名と8駅という駅数にちなみ、1993年から七福神をテーマに、宝積寺駅を除く各駅に各尊を割り当てた。2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の後は一時運転を見合わせ、3月16日の始発から運転を再開した。
烏山線は、日本における蓄電池電車の運行の先駆けとして最もよく知られている。2012年から当線で試験された実験車両「スマート電池くん」をもとに開発されたEV-E301系「ACCUM」2両編成の蓄電池駆動電車が2014年3月15日に営業運転を開始し、烏山駅の専用設備で充電して非電化区間を蓄電池の電力で走行した。さらに3編成が増備され、キハ40系は2017年3月3日に運用を終了して、翌日から全線がEV-E301系で運行されるようになり、全列車の蓄電池電車化が完成した。
年表
- 1894烏山町の島崎善平らが、鬼怒川渡河を避けて現在の水戸線川島駅に至る「常野鉄道」の開設を県に願い出るが、実現せず。
- 19122月28日:1911年からの再三の請願を経て、宝積寺から烏山に至る軽便鉄道が帝国議会で可決される。
- 19211月10日:第一次世界大戦に伴う好景気により資金が整い、宝積寺 - 文狭間の建設工事が着手される。
- 19234月15日:宝積寺駅 - 烏山駅間(20.4km)が国営の烏山線として開業し、熟田・大金・烏山の各駅が開業(開通式は5月1日に挙行)。
- 19254月1日:熟田駅が仁井田駅に改称。
- 19348月15日:宝積寺駅 - 烏山駅間で気動車の運行を開始。下野花岡駅・鴻野山駅・小塙駅が開業。
- 19546月1日:滝駅が開業。
- 19607月:蒸気機関車(SL)での運用が廃止(無煙化)。
- 1968廃止対象の「赤字83線」に選定されるが、1970年の収支係数の検討を経て存続し、特定地方交通線にも選定されなかった。
- 19796月1日:全線の貨物営業が廃止。6月2日:キハ40形気動車の運行を開始。
- 19874月1日:国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継。
- 19903月10日:全線でワンマン運転を開始(キハ40形気動車を使用)。
- 19937月24日:「七福神列車」として、宝積寺駅を除く各駅と車両を七福神と結び付けて装飾。
- 20113月11日:東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により運転を中止し、3月16日の始発から運転を再開。
- 20143月15日:蓄電池駆動電車EV-E301系「ACCUM」の運行を開始(烏山駅で充電し非電化区間を蓄電池で走行)。
- 20173月3日:キハ40形の運用を終了し、翌日から当線の全車両がEV-E301系で統一(全列車蓄電池電車化)。
出典
事実確認日:2026年6月14日