歴史
この路線は国ではなく、今日の近鉄の源流となった私鉄の一つ、大阪電気軌道(大軌)によって建設された。同社が最初に建設した現在の奈良線に次ぐ路線で、畝傍線(うねびせん)の名で開業した。大阪電気軌道は、1918年11月19日、西大寺駅付近の伏見村から橿原神宮付近の白橿村までの区間の特許を取得した。この特許の条件として、同社は天理軽便鉄道(現在の近鉄天理線)と大和鉄道(現在の近鉄田原本線)を買収することを求められ、前者は1921年に合併したが、後者がグループに加わったのはずっと後のことである。
工事は奈良側から南へと進められた。最初の区間である西大寺駅(現在の大和西大寺駅) - 郡山駅(現在の近鉄郡山駅)間が、1921年4月1日に複線で開業した。1922年4月1日には郡山駅 - 平端駅間が延伸し、1923年3月21日には、現在とは別の地にあった初代の橿原神宮前駅までの区間が開業して、西大寺と神宮を結ぶ路線が全通した。1924年3月2日には全線の複線化が完了した。開業当初から、同線は大阪電気軌道最初の路線である奈良線と直通運転を行っていた。
当初は大阪から橿原方面へ向かうルートとしての役割も担っていたが、1925年に、短絡ルートとなる八木線(後に桜井線を経て現在の大阪線となる)が開業したことで、上本町 - 八木間におけるその地位は譲った。1928年には奈良電気鉄道(1963年に近鉄に買収されて近鉄京都線となる)が開業し、畝傍線は今度は京都から橿原・吉野・伊勢方面への連絡ルートとしての使命も果たすようになった。奈良電気鉄道は、開業当初から奈良線・畝傍線と直通運転を行っていた。
1939年、橿原神宮の神域拡張のため、八木西口駅 - 橿原神宮駅(現在の橿原神宮前駅)間が東側の現在の位置に移設され、旧来の八木西口駅 - 橿原神宮前駅間は廃止されて、1939年7月28日に新線が開業した。この時、路線名も畝傍線から現在の橿原線に改称された。その後、関西の私鉄の統合の中で企業の姿も変わり、1941年3月15日には駅名が「関急」(関西急行鉄道)の冠称となり、1944年6月1日には「近畿日本」の冠称となった。これは1944年の近畿日本鉄道(近鉄)の成立を反映したもので、同線は今日に至るまでその運営者をこの会社に仰いでいる。軌道法にもとづいて建設された大和西大寺駅 - 八木西口駅間は、1942年10月1日に地方鉄道法にもとづく鉄道へと変更された。
戦後の数十年間で、同線は着実に近代化された。1967年12月20日には、橿原線から伊勢方面の大阪線へ直接乗り入れる新ノ口駅 - 大和八木駅間の連絡線が完成し、1966年に新設された京都 - 伊勢間の「京伊特急」が大和八木駅で2度スイッチバックをしていた煩雑さが解消された。1969年9月21日には、架線電圧が600ボルトから1,500ボルトへ昇圧された。昇圧後も同線の建築限界(車両限界)は他の標準軌路線よりも狭隘なまま残り、使用できる車両を長く制約していたが、1973年9月に建築限界の拡大工事が完了し、その制約が解消された。
現在、橿原線は京都線と一体の路線として運転されており、直通ルートの駅番号は京都駅を起点として付されている。ほとんどの急行・特急が両線を直通し、一部の急行は橿原線・天理線を経由して京都 - 天理間を運転しており、平端駅が天理線との分岐駅となっている。南端の橿原神宮前駅では南大阪線と吉野線の両線に、大和八木駅では大阪線に接続する。京都 - 伊勢間の特急としては伊勢志摩ライナーや、近年では観光特急「しまかぜ」も同線を走り、また橿原神宮への行幸に伴うお召し列車が、橿原神宮前駅を発着として何度も運転されている。
年表
- 191811月19日:大阪電気軌道が、西大寺駅付近の伏見村から橿原神宮付近の白橿村までの区間の特許を取得。
- 19214月1日:大阪電気軌道が畝傍線として西大寺駅(現在の大和西大寺駅) - 郡山駅(現在の近鉄郡山駅)間を複線で開業。
- 19224月1日:郡山駅 - 平端駅間が開業。
- 19233月21日:平端駅 - 橿原神宮前駅(現在とは別の初代の駅)間が開業し、西大寺 - 神宮間が全通。
- 19243月2日:全線の複線化が完了。
- 1928奈良電気鉄道(後の1963年に近鉄京都線)が開業し、畝傍線は京都 - 橿原 - 伊勢を結ぶ連絡ルートとしての役割を持つ。
- 19397月28日:橿原神宮の神域拡張のため八木西口駅 - 橿原神宮前駅間を東側に移設。新線が開業し、畝傍線が橿原線に改称される。
- 19413月15日:駅名が「関急」(関西急行鉄道)の冠称となり(大軌八木駅は大和八木駅に改称)、大阪電気軌道の関西急行鉄道への統合を反映。
- 194210月1日:大和西大寺駅 - 八木西口駅間が、軌道法にもとづく軌道から地方鉄道法にもとづく鉄道に変更される。
- 19446月1日:駅名が「近畿日本」の冠称となり、同年の近畿日本鉄道(近鉄)の成立を反映。
- 196712月20日:新ノ口駅 - 大和八木駅間に大阪線伊勢中川方面との連絡線が完成。
- 196810月10日:ATS(自動列車停止装置)の使用を開始。
- 19699月21日:架線電圧を600ボルトから1,500ボルトに昇圧。
- 19703月1日:近畿日本郡山駅を近鉄郡山駅に、橿原神宮駅を橿原神宮前駅に改称。
- 19739月:建築限界の拡大工事が完了し、狭隘な車両限界による車両の制約が解消される。
- 19797月1日:ファミリー公園前駅が開業(当初は季節限定の臨時駅)。
出典
事実確認日:2026年6月14日