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川越線

Kawagoe Line

川越線(かわごえせん)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営する営業キロ30.6キロメートルの鉄道路線で、全線が埼玉県内にあり、さいたま市の大宮駅を起点に川越を経て日高市の高麗川駅へと西へ延びる。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、全線が直流1,500ボルトで電化されており、駅数は11である。運転系統は川越駅で分かれており、東側の大宮 - 川越間の列車は埼京線と直通運転を行い、西側の川越 - 高麗川間の列車は八高線と直通運転を行うため、通常は全線を通して運行する列車はなく、通し利用の旅客は川越駅で乗り換えることになる。

さいたま富士見市鶴ヶ島市10 km
川越線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

大宮と川越を結び、さらに高麗川で八高線に接続する鉄道は、1920年3月に最初に計画された。着工は1935年9月まで行われず、路線は1940年7月22日にようやく開業し、大宮 - 高麗川間の30.6キロメートル全線が、日進・指扇・南古谷・川越・西川越・的場・笠幡・武蔵高萩の8駅とともに開通した。この新線によって、城下町として栄えた川越は大宮への直通の鉄道連絡を得るとともに、高麗川で八高線を介して東京近郊の西縁を迂回する経路を手にした。

当初、列車は蒸気機関車によって牽引されていた。1950年6月1日には気動車が導入されて動力が近代化され、最後の蒸気機関車牽引の旅客列車は1969年9月30日に運行され、以後は完全に気動車による運転となった。

路線の大きな変化は1980年代半ばに訪れた。1985年9月30日、川越線は全線が直流1,500ボルトで電化され、大宮 - 日進間が複線化されるとともに、南古谷駅付近に新たな電車区が開設された。同日に埼京線が開業し、大宮 - 川越間と埼京線との直通運転が始まって、川越線の東半分は東京都心へと達する新たな通勤路線網に組み込まれた。

1987年4月1日の日本国有鉄道の分割民営化に伴い、路線は新たに発足した東日本旅客鉄道に承継され、同時に全線の貨物営業が廃止された。

その後、両端で直通運転が拡大されていった。1996年3月16日、八高線の南側区間である高麗川 - 八王子間が電化されたのを受けて、川越 - 八王子間で八高線を介した直通運転が始まり、西側の川越 - 高麗川間に現在の運転相手が与えられた。2002年12月1日には、東側区間からの列車が埼京線を越えて東京臨海高速鉄道の新しいりんかい線へと乗り入れ、東京湾岸の新木場に達するようになった。

21世紀に入っても、路線はより広い接続を得続けている。2019年11月30日からは、早朝の一部の列車が埼京線・りんかい線を経由して神奈川県の相鉄線へと直通運転を始め、東側区間の到達範囲はさらに広がった。今日、川越線は二つの結びついた通勤路線として機能している。すなわち、複線化に支えられて高頻度に運行され、都心や湾岸の東京方面へ向かう埼京線・りんかい線と一体化した大宮 - 川越間の系統と、八高線と直通するより閑散とした川越 - 高麗川間の系統であり、全線を乗り通すには旅客は川越駅で乗り換えることになる。

年表

  • 19203月:大宮と川越を結び、高麗川で八高線に接続する鉄道が最初に計画される。
  • 19359月:路線の建設が始まる。
  • 19407月22日:大宮 - 高麗川間(30.6km)が全線開業。日進・指扇・南古谷・川越・西川越・的場・笠幡・武蔵高萩の8駅が開業する。
  • 19506月1日:気動車が導入され、蒸気機関車に代わって動力が近代化される。
  • 19699月30日:最後の蒸気機関車牽引の旅客列車が運行され、以後は完全に気動車運転となる。
  • 19859月30日:全線が直流1,500Vで電化され、大宮 - 日進間が複線化、南古谷駅付近に電車区が開設され、同日開業の埼京線と大宮 - 川越間で直通運転を開始する。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化に伴い東日本旅客鉄道が承継し、全線の貨物営業が廃止される。
  • 19963月16日:八高線の高麗川 - 八王子間の電化に伴い、川越 - 八王子間で八高線を介した直通運転を開始する。
  • 200212月1日:埼京線経由で東京臨海高速鉄道りんかい線との相互直通運転を開始し、東側区間の列車が新木場まで乗り入れる。
  • 201911月30日:早朝の一部列車が埼京線・りんかい線を経由して相鉄線への直通運転を開始する。

出典