歴史
本線は1899年(明治32年)1月21日、大師電気鉄道によって川崎駅(後の六郷橋駅)―大師駅(現の川崎大師駅)間で、川崎大師への参拝客輸送を目的として開業した。日本語の資料によれば、営業運転を行う鉄道としては日本で初めて標準軌を採用し、また電車による運行は関東で初めてのものであった。英語の資料はこれを日本で三番目の電気鉄道としている。また、神社仏閣へのアクセスを目的とした日本初の参詣鉄道であり、川崎大師への正月参拝のプロモーションは、電車に乗って有名な社寺を訪れるという近代の初詣の一般化に大きく寄与したとされる。開業当時の川崎駅は現在の駅から約800メートル離れた位置にあり、これは人力車組合の反対によるものとされる。
1899年(明治32年)4月25日、大師電気鉄道は京浜電気鉄道と社名を変更し、同年11月29日には全線が複線化された。人力車組合の反対で遅れていた現在の川崎駅への乗り入れは1902年(明治35年)9月1日に果たされ、川崎―六郷橋間が本線の一部として開業するとともに、従来の起点駅は六郷橋駅に改称された。1904年(明治37年)には、東京の路面電車との直通運転を可能にするため、軌間が1,435mmの標準軌から1,372mmに改軌された。本線は会社の予想を大きく上回る収益を上げ、京浜間に路線網を拡大する基礎を築くとともに、各地の電気軌道計画にも影響を与えた。
1930年代には、湘南電気鉄道との直通運転を可能にするため、軌間が再び標準軌の1,435mmに戻された。日本語の資料はこの再改軌を1933年(昭和8年)4月1日としている。かつて農地や村落だった沿線は、次第に京浜工業地帯の一部へと変わっていった。大師より東側への連絡線は当初京浜電気鉄道自らの建設を予定していたが、子会社の海岸電気軌道によって建設され、1926年(大正15年)に大師―総持寺間が開業した。この軌道はのちに鶴見臨港鉄道(現在のJR東日本鶴見線)に買収され、1937年(昭和12年)に廃止となった。
太平洋戦争中、本線は戦時下の「大東急」の一部となった。陸上交通事業調整法により、1942年(昭和17年)5月1日に京浜電気鉄道は東京急行電鉄に合併され、防諜上の理由から一部の駅名が変更された。1943年(昭和18年)には、軌道法に基づく軌道線から地方鉄道法に基づく地方鉄道線に転換された。さらに工業地帯への通勤輸送を担うため、海岸電気軌道の廃線跡を一部活用して段階的に南東へ延伸され、川崎大師―産業道路間が1944年(昭和19年)6月1日に、産業道路―入江崎間が同年10月1日に、入江崎―桜本間が1945年(昭和20年)1月7日に開業して桜本まで全通した。この延伸区間は軌道法による軌道として開業した。
戦後の1948年(昭和23年)6月1日、東京急行電鉄から京浜急行電鉄(京急)が分離発足した。1951年(昭和26年)3月16日、架線電圧が当初の直流600Vから1,500Vに昇圧されたが、塩浜―桜本間は600Vのままとされ、同区間には川崎市電が乗り入れを開始した。1952年(昭和27年)に京急は塩浜―桜本間を川崎市へ譲渡し、同区間は川崎市電の一部となった。小島新田―塩浜間は、国鉄の塩浜操車場(現在の川崎貨物駅)建設のため1964年(昭和39年)に休止され(小島新田駅も西へ移転)、1970年(昭和45年)11月20日に正式に廃止されて現在の路線が確定した。軌道として開業した川崎大師―小島新田間も、1977年(昭和52年)に地方鉄道線に転換された。
京浜川崎駅は1987年(昭和62年)6月1日に京急川崎駅に改称された。現在は普通列車のみが運行され、全列車が京急川崎―小島新田間を往復して他路線との直通はなく、ホームの有効長の関係から4両編成で運行されている。踏切解消のための連続立体交差事業により、東門前―小島新田間が2019年(平成31年)3月3日に地下化され、同時に産業道路―小島新田間が複線化されて全線複線化が完了した。産業道路駅は2020年(令和2年)3月14日に大師橋駅に改称された。鈴木町―東門前間を地下化する第2期区間は計画されているが遅れており、京急は本線でのワンマン運転の導入を計画していると発表している。
年表
- 18991月21日:大師電気鉄道が川崎(後の六郷橋)―大師(現・川崎大師)間を川崎大師への参拝客輸送のため開業。川崎駅・池端駅・大師駅が開業。
- 18994月25日:大師電気鉄道が京浜電気鉄道に社名変更。11月29日:全線が複線化。
- 19029月1日:川崎駅が六郷橋駅に改称。本線の一部として川崎(現・京急川崎)―六郷橋間が開業。
- 19043月1日:全線が、東京の路面電車との直通のため1,435mmの標準軌から1,372mmに改軌。
- 192511月:川崎駅が京浜川崎駅に、大師駅が川崎大師駅に改称。
- 19334月1日:湘南電気鉄道との直通のため、全線が1,435mmの標準軌に再改軌。
- 19425月1日:陸上交通事業調整法により京浜電気鉄道が東京急行電鉄(大東急)に合併。
- 19436月1日:軌道法に基づく軌道線から地方鉄道法に基づく地方鉄道線に転換。
- 19446月1日:川崎大師―産業道路間が開業。10月1日:産業道路―入江崎間が開業し、軌道として南東へ延伸。
- 19451月7日:入江崎―桜本間が開業(軌道法による軌道)し、桜本まで大師線が全通。
- 19486月1日:東京急行電鉄から京浜急行電鉄(京急)が分離発足。
- 19513月16日:塩浜―桜本間を除き架線電圧が直流600Vから1,500Vに昇圧。600Vのままの塩浜―桜本間に川崎市電が乗り入れ開始。
- 19521月1日:塩浜―桜本間を川崎市へ譲渡し、川崎市電の一部となる。
- 19643月25日:国鉄塩浜操車場(現・川崎貨物駅)建設のため小島新田―塩浜間が休止。小島新田駅が西へ移転。
- 197011月20日:休止中の小島新田―塩浜間が正式に廃止され、現在の路線が確定。
- 19775月10日:軌道として開業した川崎大師―小島新田間が地方鉄道線に転換され、全線が鉄道線となる。
- 19876月1日:京浜川崎駅が京急川崎駅に改称。
- 20193月3日:東門前―小島新田間が地下化され、産業道路―小島新田間の複線化とあわせて全線複線化が完了。
- 20203月14日:産業道路駅が大師橋駅に改称。
出典
事実確認日:2026年6月14日