歴史
この路線は、太平洋戦争末期にあたる、路線網の歴史のなかでは比較的遅い時期に開業した。1945年5月6日に、水前寺(現在の水前寺公園停留場)と三菱工場前の間が開業し、神水町・健軍校前・三菱工場前の各停留場が同時に開業した。三菱工場一帯へ向かうという戦時下の性格は、東側の終点の当初の名称にも表れていた。そのわずか数週間後の1945年5月24日には、沿線に砂取停留場が追加された。
戦後まもない時期に、路線の東端は今日まで続く呼称を得た。1947年3月、三菱工場前停留場が健軍町停留場に改称され、これが路線とその終点が現在まで用いる名称となった。周辺の市街地が発展するにつれ、路線は停留場を増やしていった。1950年に商業高校前が、1956年5月20日に健軍派出所前が、1959年4月16日に八丁馬場が開業した。1958年には砂取停留場が、近くの体育館にちなんで体育館前停留場(のちに市立体育館前停留場)に改称された。
二十世紀後半には、さらなる停留場の新設と改称が続いた。1969年4月1日に動物園前停留場が開業し、1992年4月1日には、施設が動植物園となったことに伴って動植物園前停留場に改称された。1995年4月1日には、派出所にちなむ健軍派出所前停留場が健軍交番前停留場に改称された。
二十一世紀に入ると、沿線の変化を反映した停留場の改称がさらに行われた。2011年3月1日に、神水橋停留場が近くの市民病院の名を取って神水・市民病院前停留場に改称され、動植物園前停留場は動植物園入口停留場となった。2019年10月1日には、神水・市民病院前停留場がさらに神水交差点停留場に改称された。
現在、健軍線は熊本市電の繁華な東側の背骨をなしており、水前寺公園と健軍町の間の3.0キロメートルの複線区間に9つの停留場を擁している。日本では数少なくなった公営の路面電車のひとつの一部として、この路線は今も熊本市東部の郊外と市中心部へ至る幹線とを結び続けている。
年表
- 19455月6日:水前寺(現・水前寺公園)~三菱工場前間が開業。神水町(後に神水橋)・健軍校前・三菱工場前の各停留場が開業。
- 19455月24日:砂取停留場が開業。
- 19473月:三菱工場前停留場を健軍町停留場に改称。
- 1950商業高校前停留場が開業。
- 19565月20日:健軍派出所前停留場が開業。
- 1958砂取停留場を体育館前停留場(後に市立体育館前停留場)に改称。
- 19594月16日:八丁馬場停留場が開業。
- 19694月1日:動物園前停留場が開業。
- 19924月1日:動物園前停留場を動植物園前停留場に改称。
- 19954月1日:健軍派出所前停留場を健軍交番前停留場に改称。
- 20113月1日:神水橋停留場を神水・市民病院前停留場に、動植物園前停留場を動植物園入口停留場に改称。
- 201910月1日:神水・市民病院前停留場を神水交差点停留場に改称。
出典
事実確認日:2026年6月14日