歴史
この路線は、街外れにある紀勢本線の御坊駅と御坊市街地とを結ぶ目的で計画された。御坊の大地主であった田淵栄次郎ら地元有志が、1927年11月に鉄道大臣宛に鉄道敷設免許を申請し、1928年3月に免許状が下付された。同年12月13日には御坊臨港鉄道(ごぼうりんこうてつどう)が設立され、田淵が初代社長に就任した。
建設は、国鉄紀勢西線(現在の紀勢本線)の御坊までの開通(1929年)に間に合わせる予定であったが、用地買収を巡る紛争――湯川村では小作人との補償交渉に約1年を費やした――により工事は遅れた。最初の区間である御坊 - 御坊町(現在の紀伊御坊)間1.74キロメートルが開業したのは、ようやく1931年6月15日のことであった。その後の延長も財界不況や土地収用の手続きにより遅れ、1932年4月10日に松原口(現在の西御坊)に達し、1934年8月10日に日高川まで全通して貨物営業も開始した。
営業成績は当初から振るわず、会社はほぼ毎年欠損を計上した。増収策として貨物線を敷設し、指定ハイキングコースで行楽客を誘致し、1937年下期からは政府補助金の交付も受けたが、1941年下期には累積欠損金が多額に達した。第二次世界大戦下では、近隣の大和紡績の工場が航空機部品工場へ転換されたことで旅客が激増したが、ガソリン規制により気動車は出力不足の木炭ガス発生装置に頼らざるを得ず、1945年6月の空襲では機関庫への直撃弾で気動車2両が被災した。
戦後は、国鉄や八幡製鐵所から購入・借入した中古車両で混乱期を乗り切った。1953年7月の紀州大水害では日高川が氾濫して全線が冠水し、2か月の運休を経て御坊 - 西御坊間が9月15日に再開した。それでも乗客数は回復し、1960年代半ばには年間約100万人を数えたが、その後は長い減少に転じた。1973年1月1日には鉄道事業が東京の不動産業者に譲渡され、紀州鉄道と改称された。もともと鉄道事業者ではなかった新たな経営者は、主に鉄道を運営することで得られる信用や格を目的にこの路線を引き継いだ。
1955年から1984年までは、西御坊駅から西方の大和紡績の工場まで0.85キロメートルの専用線が延びており、貨物輸送を行っていた。駅も時代とともに増減し、1941年12月に3駅が廃止され、1967年に市役所前駅が、1979年に学門駅が新設された。国鉄の貨物合理化が進むなか、当線は1984年2月1日に貨物営業を廃止し、同年6月には大和紡績専用線も廃止した。
1989年4月1日には、利用の少なかった西御坊 - 日高川間0.7キロメートルが廃止され、路線は現在の2.7キロメートルとなり、同日からワンマン運転が始まった。2017年1月22日には御坊 - 学門間で脱線事故が発生し、木製枕木の老朽化が原因とされて約1か月運休したのち、2月23日に運転を再開した。以後、枕木をプレストレストコンクリート製に交換する作業が長期にわたり進められている。2023年9月には、当線と旧御坊臨港鉄道の廃線跡が、土木学会選奨土木遺産に認定された。
2022年12月に紀州鉄道自体が中国の不動産・リゾート開発業者に買収されたことをきっかけに、親会社は2024年に廃止の方針を打ち出し、2025年から2026年にかけて、廃線の危機のなか鉄道は引き継ぎ先を探している。現在は1日あたりおよそ15往復が運転され、主に御坊でJR紀勢本線の普通列車に接続するダイヤとなっているが、その将来は不透明なままである。
年表
- 19283月22日:御坊臨港鉄道に鉄道免許状が下付される。12月13日に同社が設立される。
- 19316月15日:御坊臨港鉄道が最初の区間、御坊 - 御坊町(現在の紀伊御坊)間1.74kmを開業。
- 19324月10日:松原口(現在の西御坊)まで0.9km延伸。
- 19348月10日:日高川まで(0.7km)開通して全通し、貨物営業を開始。松原口駅を西御坊駅に改称。
- 194112月8日:財部駅、中学前駅、日出紡績前駅を廃止。
- 19537月18日:紀州大水害により日高川が氾濫して全線が冠水。御坊 - 西御坊間は9月15日に再開。
- 19556月15日:大和紡績和歌山工場までの専用線(0.85km)が開通。
- 19678月30日:市役所前駅を新設。
- 19731月1日:御坊臨港鉄道から紀州鉄道に事業譲渡される。
- 19798月10日:中学前駅跡近くに学門駅を新設。
- 19842月1日:国鉄の貨物合理化に伴い貨物営業を廃止。6月26日に大和紡績専用線を廃止。
- 19894月1日:西御坊 - 日高川間0.7kmを廃止し、路線は2.7kmとなる。ワンマン運転を開始。
- 20171月22日:御坊 - 学門間で木製枕木の老朽化による脱線事故が発生し運休。2月23日に運転を再開。
- 20239月:当線と旧御坊臨港鉄道の廃線跡が土木学会選奨土木遺産に認定される。
- 20242022年12月の中国系不動産・リゾート開発業者による紀州鉄道買収を経て、親会社が廃止の方針を打ち出し、廃線の危機のなか引き継ぎ先が模索される。
出典
事実確認日:2026年6月14日