JR線·約2分で読めます

北松江線

Kita-Matsue Line

北松江線(きたまつえせん)は、島根県で一畑電車が運営する営業キロ33.9キロメートルの鉄道路線で、出雲市の電鉄出雲市駅から松江市の松江しんじ湖温泉駅に至る。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、直流1,500ボルト・架空電車線方式により電化されている。宍道湖の北岸に沿い、おおむねJR西日本の山陰本線と並行して走り、県庁所在地である松江市と出雲市を結ぶとともに、川跡駅で接続する大社線を介して出雲大社へ向かう参詣客を運んできた。地元で「ばたでん」の愛称で親しまれる小私鉄の中心となる路線である。

10 km
北松江線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この鉄道は、出雲の東にあって薬師如来をまつる一畑薬師への参詣輸送から生まれた。1911年8月21日に今市 - 小境間の鉄道免許状が下付され、1912年には才賀商会と一畑薬師が中心となって一畑軽便鉄道が設立された。1913年に起工し、最初の区間である出雲今市駅(現・電鉄出雲市駅) - 雲州平田駅間が1914年4月29日に開業した。

1915年2月4日には雲州平田駅から薬師の麓にあたる一畑駅までが延伸されたが、この区間は当初非電化で開業した。路線は建設の目的であった一畑薬師へと内陸に延び、しばらくの間は松江方面への通し路線ではなく、薬師側を終点としていた。

大きな方針転換は1923年に訪れる。会社は全線の電化と新たな分岐路線の建設 — 小境灘から松江方面へ、川跡から出雲大社方面へ — を決議し、社名を一畑電気鉄道と改めた。1924年には松江延伸の免許が下付され、1927年10月1日には直流1,500ボルトで電化された。

松江への延伸は1928年4月5日に完成し、小境灘駅(現・一畑口駅) - 北松江駅(現・松江しんじ湖温泉駅)間が開業して、宍道湖北岸に沿う現在の路線が形づくられた。その後の数年間は、ダイヤが定まるなかで中間駅の開業や廃止が相次いだ。

第二次世界大戦は、この路線から本来の薬師への分岐区間を奪った。1944年12月10日、小境灘駅 - 一畑駅間が「不要不急線」として営業休止となり、レールは戦時供出された。休止中の一畑口 - 一畑間は1960年4月26日に正式に廃止された。かつてこの地点で分岐していたため、一畑口駅には今日に至るまでスイッチバックが残っている。戦後の数十年間に路線は近代化され、1964年に出雲市ターミナルビルが完成すると駅は国鉄線から分離して電鉄出雲市駅と改称され、1966年10月1日にはCTC(列車集中制御装置)の使用が始まった。

会社の形態は21世紀に再び変わった。北松江として開業し1970年に松江温泉と改称された北の終点は、2002年4月1日に松江しんじ湖温泉となった。2006年4月1日、一畑電気鉄道が持株会社体制へ移行するのに伴い、その鉄道事業は新設の一畑電車株式会社に承継され、同社が今日、ばたでんの基幹路線として北松江線を運営している。

年表

  • 19118月21日:一畑軽便鉄道に対し今市 - 小境間(軌間762mm)の鉄道免許状が下付される。
  • 1912才賀商会と一畑薬師が中心となって一畑軽便鉄道を設立。
  • 19144月29日:最初の区間、出雲今市駅(現・電鉄出雲市駅) - 雲州平田駅間が開業。
  • 19152月4日:雲州平田駅 - 一畑駅間が開業(非電化)。
  • 1923全線電化と松江方面・大社方面への分岐路線の新設を決議し、社名を一畑電気鉄道と改名。
  • 192710月1日:直流1,500Vで電化。
  • 19284月5日:小境灘駅(現・一畑口駅) - 北松江駅(現・松江しんじ湖温泉駅)間が開業し、宍道湖北岸を経て松江まで全通。
  • 194412月10日:小境灘駅 - 一畑駅間を不要不急線として営業休止。
  • 19604月26日:休止中の一畑口駅 - 一畑駅間を廃止。分岐していた名残で一畑口駅にスイッチバックが残る。
  • 19644月1日:出雲市ターミナルビルが完成、出雲市駅は国鉄線から分離して電鉄出雲市駅と改称。
  • 196610月1日:CTC(列車集中制御装置)の使用を開始。
  • 197010月1日:北松江駅を松江温泉駅、雲州平田駅を平田市駅に改称。
  • 19733月16日:貨物輸送を廃止。5月15日:特急の運転を廃止。
  • 20024月1日:松江温泉駅を松江しんじ湖温泉駅に改称。
  • 20064月1日:一畑電気鉄道の持株会社移行に伴い、新設の一畑電車株式会社が鉄道事業を承継。

出典