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南北線

Kita-Ōsaka Kyūkō Namboku Line

南北線(なんぼくせん、"South–North Line")は、大阪府北部を走る営業キロ8.4キロメートルの鉄道路線で、北大阪急行電鉄(「North Osaka Express Electric Railway」の意。通称・北急)が所有・運営している。吹田市の江坂駅と箕面市の箕面萱野駅とを結ぶ同社唯一の路線で、6駅を有する。軌間は1,435ミリメートルの標準軌で全線が複線、直流750ボルト・第三軌条方式で電化されており、大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)御堂筋線の延伸線として相互直通運転を行い、列車は南の中百舌鳥まで一体で運行される。各駅には御堂筋線と同じ路線記号「M」が付され、御堂筋線と一体で駅番号が振られている。路線は短いが、同社は準大手私鉄に分類され、本線は千里丘陵の千里ニュータウンと大阪市中心部とを結ぶ主要な通勤路線となっている。

大阪豊中市吹田市池田市東淀川区2 km
南北線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は、1970年に吹田市の千里丘陵で開催された日本万国博覧会(大阪万博)への輸送路線として構想された。計画は万博の準備作業の一環として1966年5月23日に始まり、各委員会が、会場のシンボルゾーン付近の駅と大阪市中心部とを直結する新たな鉄道を提案した。当初は御堂筋線の延伸として構想されたが、路線が大阪市域外に及ぶため市が単独で建設することはできず、用地買収や資金の問題が生じた。通商産業省の調停を経て、比較的費用を抑えられる阪急の案が採用され、1967年12月11日、地方鉄道法に基づき、大阪市と阪急による共同出資会社として北大阪急行電鉄株式会社が設立された。これは、当時の通商産業大臣であった三木武夫の仲介によるものであった。

江坂 - 万国博中央口間の建設は1968年7月16日に着工し、1969年12月までに全線で試運転が行われた。路線は1970年2月24日に開業し、当時の御堂筋線の北の終点であった江坂と大阪万博の会場とを結び、同日に御堂筋線との相互直通運転を開始した。万博開催中、現在の千里中央駅付近の分岐点より北側の区間は会場線として運行され、万国博中央口を終点としていた。この区間には、後に中国自動車道の上り車線となる用地が用いられた。開業当時の千里中央駅は現在地ではなく、会場線上に設けられた仮設の駅であった。

万博閉幕後、分岐点 - 万国博中央口間の会場線は1970年9月14日に廃止され、その跡に恒久的な千里中央駅への短絡区間が開業して、路線はおおむね現在の形となった。会場線の撤去は同年12月に完了し、その跡地は中国自動車道に転用されたため、撤去費用は北大阪急行にはほとんどかからなかった。万博期間中の大量輸送によって建設費の多くを開催中に償還できたことから、江坂 - 千里中央間では長く低廉な運賃が維持されてきた。1975年3月30日には、途中駅の緑地公園駅が開業した。

その後の数十年間、路線そのものは江坂 - 千里中央間のまま据え置かれつつ、車両と輸送力が段階的に強化された。8000形「ポールスター」電車は1986年7月1日に運転を開始し、1987年には同社は中小私鉄から準大手私鉄へと昇格した。1970年の開業以来使われてきた2000形は1993年に運転を終了し、1996年12月9日には10両編成の運転が始まった。御堂筋線との相互直通運転により、本線のダイヤはOsaka Metroと一層緊密に一体化され、線内で折り返す列車は存在しない。

1980年代後半から箕面市が路線の北への延伸を働きかけ、1989年以降、その延伸は交通計画の中で正式に位置づけられた。長年の検討を経て、2014年3月31日に大阪府・箕面市・北大阪急行電鉄・阪急電鉄の4者による基本合意が締結された。延伸に必要となる車両を確保するため、同社は9000形「ポールスターII」を導入し、同車は2014年4月28日に運転を開始した。千里中央 - 箕面萱野間2.5キロメートルの延伸線の建設は2017年1月19日に着工し、2018年7月24日には新設の2駅が箕面船場阪大前駅・箕面萱野駅と命名された。

延伸線の開業は当初2020年度を目標としていたが、用地買収の遅れや工事中に見つかった支障物の除去のため、2019年5月に2023年度へと延期された。千里中央 - 箕面萱野間は2024年3月23日にようやく開業し、路線は8.4キロメートルで全通して、御堂筋線からの直通運転が北の箕面萱野まで延長された。路線は鉄道事業法に基づく鉄道として建設されたが、箕面萱野寄りの1.2キロメートルのみは、新御堂筋に沿い道路整備の名目で建設されたことから、軌道法に基づく軌道として特許された。この延伸は箕面市が費用の多くを負担し、先行開業区間の従来からの低廉な運賃は据え置かれた。

年表

  • 19665月23日:万博(Expo '70)の準備作業の一環として、会場付近の駅と大阪市中心部とを直結する新鉄道の構想とともに路線の計画が始まる。
  • 196712月11日:地方鉄道法に基づき、大阪市と阪急の共同出資会社として北大阪急行電鉄株式会社が設立される(通産大臣・三木武夫の仲介)。10月13日には地方鉄道敷設免許を取得していた。
  • 19687月16日:江坂 - 万国博中央口間の建設に着工。
  • 196912月17日:全線で試運転を開始(試運転は9月から段階的に始まっていた)。
  • 19702月24日:南北線・会場線の江坂 - 万国博中央口間(9.0km)が開業し、御堂筋線との相互直通運転を開始。開業時の千里中央駅は会場線上の仮駅であった。
  • 19709月14日:万博閉幕に伴い会場線(分岐点 - 万国博中央口、3.6km)を廃止し、恒久的な千里中央駅への区間が開業。会場線跡は後に中国自動車道に転用された。
  • 19753月30日:途中駅の緑地公園駅が開業。
  • 19867月1日:8000形「ポールスター」電車が運転を開始。(英語版ウィキペディアは1987年からとするが、日本語の出典に従い1986年とした。)
  • 1987中小私鉄から準大手私鉄に昇格する。
  • 199310月2日:1970年の開業以来使われてきた2000形電車が運転を終了。
  • 199612月9日:10両編成の運転を開始。
  • 20143月31日:大阪府・箕面市・北大阪急行電鉄・阪急電鉄の4者が延伸の基本合意を締結。4月28日:9000形「ポールスターII」が運転を開始。
  • 20171月19日:千里中央 - 箕面萱野間2.5kmの延伸線が着工。途中駅は1駅。
  • 20187月24日:延伸区間の新設2駅が箕面船場阪大前駅・箕面萱野駅に決定。
  • 20195月7日:用地買収の遅れや工事中の支障物のため、延伸線の開業を当初の2020年度目標から2023年度へ延期すると発表。
  • 20243月23日:千里中央 - 箕面萱野間(約2.5km)が開業し、路線は8.4kmで全通。箕面萱野寄りの1.2kmは軌道法に基づく軌道として特許されている。

出典