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小海線

Koumi Line

小海線(こうみせん)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営する営業キロ78.9キロメートルの鉄道路線で、中央本線の山梨県北杜市にある小淵沢駅と、長野県小諸市の小諸駅とを結ぶ。軌間1,067ミリメートルの狭軌で全線非電化であり、八ヶ岳東麓の野辺山高原から千曲川の上流に沿って佐久盆地までを走る高原鉄道である。全区間に「八ヶ岳高原線」の愛称が付けられている。JRの鉄道網で最も標高の高い路線であり、清里駅 - 野辺山駅間には標高1,375メートルとJR線で最も標高が高いJR鉄道最高地点があり、野辺山駅は標高1,345メートルのJR線最高駅である。

小海線の路線図 · 県境: 国土数値情報(国交省)

歴史

路線名は、ほぼ中間に位置する小海という地名に由来する。「小海」の名は、かつて天狗岳の崩落により千曲川がせき止められてできた湖があり、それが「小海」と呼ばれたことに由来するとされる。この路線は、小諸から北上する私鉄と、小淵沢から南下する官設鉄道という二つの別々の事業から生まれ、やがて一本の直通路線として結ばれたものである。

現在の路線の南半分は私設鉄道として始まった。佐久鉄道は、1915年8月8日に最初の区間である小諸駅 - 中込駅間を軽便鉄道として開業し、同年12月28日には羽黒下駅まで延伸した。1919年3月11日には佐久鉄道が小海駅に到達し、小諸 - 小海間の路線が全通した。

その後、官設鉄道が中央本線側から建設を引き継いだ。鉄道省は1932年12月27日に小海駅 - 佐久海ノ口駅間を開業し、この区間が初めて「小海線」の名称を名乗った。さらに1933年7月27日には小淵沢駅 - 清里駅間を「小海南線」として開業した。

1934年9月1日、政府は佐久鉄道の小諸 - 小海間の路線を買収・国有化し、これを当時の「小海北線」に編入した。高地の中央部の未開通区間の建設は続けられ、1935年1月16日には佐久海ノ口駅 - 信濃川上駅間の延伸区間が開業した。

最後の未開通区間は1935年11月29日に解消され、清里駅 - 信濃川上駅間が開業して路線は全線開通した。直通運転が実現したことに伴い、小海南線と小海北線は統合され、一本化された路線は「小海線」と改称された。

この路線は内燃動力の採用が早く、佐久鉄道は1930年11月12日にガソリン動力併用の認可を受け、同年12月20日に気動車の運行を開始した。以後、現在に至るまで非電化のままである。1987年4月1日、国鉄分割民営化により、小海線は東日本旅客鉄道に継承された。

JR東日本のもとで、この路線は新しい気動車技術の舞台となってきた。1991年11月8日にキハ110系気動車が投入され、2007年7月31日からは世界初のシリーズ式ハイブリッドシステムを導入した新型車両キハE200形も運行されている。JR東日本はこの路線の風光明媚で標高の高い特性も活かしており、2017年7月には観光列車「HIGH RAIL 1375」を運行開始した。その名は、列車が通過するJR線で最も標高が高い地点の標高1,375メートルに由来する。

年表

  • 19158月8日:佐久鉄道が最初の区間である小諸 - 中込間を軽便鉄道として開業。12月28日には羽黒下まで延伸。
  • 19193月11日:佐久鉄道が小海駅に到達し、小諸 - 小海間が全通。
  • 193011月12日:佐久鉄道がガソリン動力併用の認可を受ける。12月20日:気動車の運行を開始。
  • 193212月27日:鉄道省が小海 - 佐久海ノ口間を開業。この区間が初めて「小海線」と命名される。
  • 19337月27日:小淵沢 - 清里間が「小海南線」として開業。
  • 19349月1日:政府が佐久鉄道の小諸 - 小海間を買収・国有化し、「小海北線」に編入。
  • 19351月16日:佐久海ノ口 - 信濃川上間が延伸開業。
  • 193511月29日:清里 - 信濃川上間が開業して全線開通。小海南線・小海北線が統合され「小海線」に改称。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道(JR東日本)が継承。
  • 199111月8日:キハ110系気動車が投入される。
  • 20077月31日:世界初のシリーズ式ハイブリッドシステムを導入した新型車両キハE200形が運行開始。
  • 20177月:JR東日本が観光列車「HIGH RAIL 1375」を運行開始。その名はJR線最高地点の標高1,375メートルに由来する。

出典