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幹線

Main Line

幹線(かんせん)は、九州・熊本県の県庁所在地である熊本市で熊本市交通局が運営する路面電車「熊本市電」の中心となる幹となる路線である。熊本駅前にある熊本駅前停留場から市の中心部の水道町停留場までを結び、他の路線が枝分かれする市営5路線網の背骨をなしている。軌間は1,435ミリメートルの標準軌で、電化方式は直流600ボルトであり、日本では数少なくなった公営の路面電車のひとつである。

熊本西区中央区嘉島町2 km
幹線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この軌道は私設の事業として生まれた。1921年11月14日に熊本電車に対して軌道特許状が下付され、その2日後の1921年11月16日に熊本電車株式会社が設立された。しかしこの私設会社が自ら路線を建設することはなく、1923年4月13日に予定線の特許などの全権利義務を熊本市へ譲渡し、のちに解散した。こうして軌道の運営は、最初の列車が乗客を乗せる前に市へと引き継がれた。

路線網は1924年8月1日に開業し、幹線の熊本駅前~浄行寺町間と、水前寺線の水道町~水前寺間が運行を開始した。当初の事業者は熊本市電車部であった。この開業初日に、幹線は鉄道駅と市の中心部を結ぶ系統の背骨として確立され、その後に開業した各路線は、この中心軸から伸びる延伸や枝線であった。

市営事業はその初期に幾度も改組された。1926年5月11日には軌道事業が市の水道部と統合されて電気水道局となり、1928年6月21日には水道局が分離して電気局となった。この間も路線網は拡大を続け、1928年12月26日には黒髪線の浄行寺町~子飼橋間が開業し、1929年6月20日には春竹線と上熊本線の辛島町~段山町間が運行を開始した。上熊本線は1935年3月24日に段山町~上熊本駅前間が延伸された。

1944年6月1日、事業者は熊本市交通局へと改称され、これが現在まで続く名称となっている。翌年は拡張と統合の年となり、1945年5月6日に健軍線が水前寺公園~三菱工場前間で開業し、1945年12月1日には別会社であった熊本電気軌道を買収して、その路線を市の管理下に置いた。市電は戦後の数十年間に最大の路線規模に達したのち、後年の縮小を経て現在の5路線となった。

現代において熊本市電は、軌道の緑化で知られるようになった。2010年4月26日から、交通局は路線の一部をサイドリザベーション化するとともに「緑のじゅうたん」サポーター制度を開始し、軌道敷に芝生を植えた。市役所前停留場周辺と通町筋の区間はこのとき緑化された。2011年3月1日には、幹線の中心部側にあたる通町筋~水道町間にも緑化が拡大され、中心の幹となる路線に、いまや広く知られる芝生の敷かれた軌道がもたらされた。

年表

  • 192111月14日:熊本電車に対して軌道特許状が下付される。11月16日に熊本電車株式会社を設立。
  • 19234月13日:熊本電車が予定線の特許などの全権利義務を熊本市へ譲渡し、のちに解散。
  • 19248月1日:幹線(熊本駅前~浄行寺町)および水前寺線(水道町~水前寺)が開通。当初の事業者は熊本市電車部。
  • 19265月11日:水道部と統合して電気水道局に改組。
  • 19286月21日:水道局が分離して電気局に改組。12月26日:黒髪線(浄行寺町~子飼橋)が開通。
  • 19296月20日:春竹線(辛島町~春竹駅前)および上熊本線(辛島町~段山町)が開通。
  • 19353月24日:上熊本線が段山町~上熊本駅前間で延伸開業。
  • 19446月1日:熊本市電気局を熊本市交通局に改称。
  • 19455月6日:健軍線(水前寺公園~三菱工場前)が開通。12月1日:熊本電気軌道を買収し、その路線を管理下に置く。
  • 20104月26日:路線の一部をサイドリザベーション化し、市電「緑のじゅうたん」サポーター制度を開始。市役所前~通町筋間の軌道を緑化。
  • 20113月1日:幹線の中心部側にあたる通町筋~水道町間の軌道を緑化。

出典

事実確認日:2026年6月14日