歴史
この軌道は私設の事業として生まれた。1921年11月14日に熊本電車に対して軌道特許状が下付され、その2日後の1921年11月16日に熊本電車株式会社が設立された。しかしこの私設会社が自ら路線を建設することはなく、1923年4月13日に予定線の特許などの全権利義務を熊本市へ譲渡し、のちに解散した。こうして軌道の運営は、最初の列車が乗客を乗せる前に市へと引き継がれた。
路線網は1924年8月1日に開業し、幹線の熊本駅前~浄行寺町間と、水前寺線の水道町~水前寺間が運行を開始した。当初の事業者は熊本市電車部であった。この開業初日に、幹線は鉄道駅と市の中心部を結ぶ系統の背骨として確立され、その後に開業した各路線は、この中心軸から伸びる延伸や枝線であった。
市営事業はその初期に幾度も改組された。1926年5月11日には軌道事業が市の水道部と統合されて電気水道局となり、1928年6月21日には水道局が分離して電気局となった。この間も路線網は拡大を続け、1928年12月26日には黒髪線の浄行寺町~子飼橋間が開業し、1929年6月20日には春竹線と上熊本線の辛島町~段山町間が運行を開始した。上熊本線は1935年3月24日に段山町~上熊本駅前間が延伸された。
1944年6月1日、事業者は熊本市交通局へと改称され、これが現在まで続く名称となっている。翌年は拡張と統合の年となり、1945年5月6日に健軍線が水前寺公園~三菱工場前間で開業し、1945年12月1日には別会社であった熊本電気軌道を買収して、その路線を市の管理下に置いた。市電は戦後の数十年間に最大の路線規模に達したのち、後年の縮小を経て現在の5路線となった。
現代において熊本市電は、軌道の緑化で知られるようになった。2010年4月26日から、交通局は路線の一部をサイドリザベーション化するとともに「緑のじゅうたん」サポーター制度を開始し、軌道敷に芝生を植えた。市役所前停留場周辺と通町筋の区間はこのとき緑化された。2011年3月1日には、幹線の中心部側にあたる通町筋~水道町間にも緑化が拡大され、中心の幹となる路線に、いまや広く知られる芝生の敷かれた軌道がもたらされた。
年表
- 192111月14日:熊本電車に対して軌道特許状が下付される。11月16日に熊本電車株式会社を設立。
- 19234月13日:熊本電車が予定線の特許などの全権利義務を熊本市へ譲渡し、のちに解散。
- 19248月1日:幹線(熊本駅前~浄行寺町)および水前寺線(水道町~水前寺)が開通。当初の事業者は熊本市電車部。
- 19265月11日:水道部と統合して電気水道局に改組。
- 19286月21日:水道局が分離して電気局に改組。12月26日:黒髪線(浄行寺町~子飼橋)が開通。
- 19296月20日:春竹線(辛島町~春竹駅前)および上熊本線(辛島町~段山町)が開通。
- 19353月24日:上熊本線が段山町~上熊本駅前間で延伸開業。
- 19446月1日:熊本市電気局を熊本市交通局に改称。
- 19455月6日:健軍線(水前寺公園~三菱工場前)が開通。12月1日:熊本電気軌道を買収し、その路線を管理下に置く。
- 20104月26日:路線の一部をサイドリザベーション化し、市電「緑のじゅうたん」サポーター制度を開始。市役所前~通町筋間の軌道を緑化。
- 20113月1日:幹線の中心部側にあたる通町筋~水道町間の軌道を緑化。
出典
事実確認日:2026年6月14日