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草津線

Kusatsu Line

草津線(くさつせん)は、滋賀県内を走る西日本旅客鉄道(JR西日本)の営業キロ36.7キロメートルの鉄道路線である。東海道本線(琵琶湖線)の草津駅を起点に、甲賀を経て東へ向かい、関西本線の柘植駅に至り、全部で11の駅を結ぶ。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、全線が直流1,500ボルトで電化されている。滋賀県の草津に由来する路線名であるが、群馬県の有名な草津温泉とは関係がなく、路線名は西側の終点である草津駅にちなんでいる。

栗東市竜王町10 km
草津線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は国ではなく、名古屋から京阪神方面へと西へ路線網を延ばしつつあった私鉄、関西鉄道によって建設された。最初の区間である草津駅~三雲駅間が1889年12月15日に石部駅・三雲駅とともに開業した。この時点でこの区間は関西鉄道本線の西端を成し、草津で東海道本線に接続していた。

1890年2月19日には三雲駅から柘植駅まで延伸され、深川駅・柘植駅が開業して、路線は現在の姿で全線開通した。柘植では関西鉄道の他の区間と接続し、同社は名古屋と琵琶湖畔の草津地区とを結ぶ連続した路線を手にした。

この区間の位置づけは1898年に変化した。同年4月19日、関西鉄道は本線を再編し、それまでの名古屋~草津間から名古屋~加茂間へと改めた。その結果、柘植~草津間は本線から支線へと格下げされた。1900年12月29日には、近江鉄道との乗り換え駅として貴生川駅が追加された。

この時代の日本の大手私鉄の多くと同様に、関西鉄道も鉄道国有法により国有化され、1907年10月1日に国有化された。これにより柘植~草津間の支線は国有鉄道へと移り、政府が正式な線名を定めた1909年10月12日に、柘植駅~草津駅間は草津線と名付けられた。

20世紀の大半を通じて、この路線は蒸気、のちに気動車で運行される地方路線であり続けた。1979年には列車集中制御装置(CTC)が導入され、1980年3月3日には全線が直流1,500ボルトで電化されて、電車が運行を引き継いだ。当線の貨物営業は1987年に廃止された。1987年4月1日、国鉄分割民営化により、この路線は新たに発足した西日本旅客鉄道に承継され、今日まで同社が運営している。

2000年代には、東海道新幹線との乗り換えができるよう、新幹線に近い当線上に南びわ湖駅という仮称の新駅を設ける計画が持ち上がり、2006年5月に工事が始まって2012年の完成が予定された。しかし、栗東市が駅建設の資金を調達するために発行した起債が地方財政法上違法であると2006年9月に大津地方裁判所が判断したことで計画は頓挫し、工事は中止されて、2007年10月に正式に中止された。草津線は現在も、関西本線と東海道本線とを結ぶ通勤・地域輸送の連絡路線としての役割を担っている。

年表

  • 188912月15日:関西鉄道が最初の区間である草津駅~三雲駅間を、石部駅・三雲駅とともに開業。
  • 18902月19日:三雲駅~柘植駅間が延伸開業し、深川駅・柘植駅が開業して全線開通。
  • 18984月19日:関西鉄道が本線を名古屋~草津間から名古屋~加茂間に変更し、柘植~草津間は支線となる。
  • 190012月29日:近江鉄道本線との乗り換え駅として貴生川駅が開業。
  • 190710月1日:関西鉄道が国有化され、支線は官設鉄道へ移る。
  • 190910月12日:柘植駅~草津駅間が草津線とされる。
  • 1979列車集中制御装置(CTC)が導入される。
  • 19803月3日:全線が直流1,500Vで電化される。
  • 1987貨物営業が廃止される。4月1日、国鉄分割民営化により、当線は西日本旅客鉄道(JR西日本)に承継される。
  • 20065月:東海道新幹線との乗り換えを目的とした仮称・南びわ湖駅の新設工事が始まる。9月、大津地方裁判所が栗東市の資金調達の起債を違法と判断し、計画は頓挫する。
  • 200710月:南びわ湖駅の計画が正式に中止される。

出典