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久大線

Kyūdai Main Line

久大本線(きゅうだいほんせん)は、日本の九州を横断する営業キロ141.5キロメートルの鉄道路線で、九州旅客鉄道(JR九州)が運営している。福岡県久留米市で鹿児島本線と接続する久留米駅を起点に、島の中央部を東へ横切って大分県の大分駅に至る。全線が単線・非電化で、軌間は1,067ミリメートルの狭軌、駅数は37である。路線名は久留米と大分の頭文字に由来する。九重町と由布市の境にある分水嶺・水分峠より西側は筑後川(三隈川)とその支流の玖珠川に沿い、東側は大分川に沿って九州を横断する。沿線には温泉地の由布院や、「小京都」と呼ばれる日田などの観光地があり、博多から鹿児島本線経由で乗り入れる特急「ゆふ」「ゆふいんの森」が走る。「ゆふ高原線」の愛称でも案内されている。

久大線の路線図 · 県境: 国土数値情報(国交省)

歴史

この路線は約20年をかけて両端から建設され、東側の区間は私鉄として開業した。1915年10月30日、大湯鉄道が大分側の最初の区間として大分市駅 - 小野屋駅間を開業した。同社は1922年12月1日に買収・国有化され、大分 - 小野屋間は官設の大湯線(だいとうせん)となった。その後、大分川の谷を西へ向けて段階的に延伸が進められ、1923年に小野屋 - 湯平間、1925年に湯平 - 北由布間、1926年に北由布 - 野矢間、1928年に野矢 - 豊後中村間、1929年に豊後中村 - 豊後森間、1932年に豊後森 - 北山田間が開業した。1933年9月29日には大湯線が北山田駅から天ケ瀬駅まで延伸された。

久留米側からの建設は、久大線として別に進められた。最初の区間である久留米 - 筑後吉井間は1928年12月24日に開業し、東へ向けてさらに段階的に延伸され、1931年に筑後大石、1932年3月に夜明、1934年3月に日田へと達した。1934年11月15日には最後に残った日田 - 天ケ瀬間が開業し、同日、大湯線(大分 - 天ケ瀬間)が久大線に編入されて、久留米 - 大分間を結ぶ九州横断の直通ルートが全通した。1937年6月27日には接続する宮原線の開業に伴い、久大線は幹線に昇格して久大本線と改称された。

戦後の数十年間、当線はディーゼル気動車によって運行される九州横断ルートとして定着した。1950年には北由布駅が由布院駅に改称された。1953年6月には昭和28年西日本水害により壊滅的な被害を受けて運休し、同年8月に復旧した。1970年に蒸気機関車の運用が終了して無煙化され、1984年初頭には2回に分けて全線に列車集中制御装置(CTC)が導入された。1987年4月1日には全線の貨物営業が廃止され、同日の日本国有鉄道の分割民営化により、久大本線は新たに発足したJR九州に引き継がれた。

JR九州の発足後、当線は観光路線としての性格を強めていった。1988年には「ゆふ高原線」の愛称が付けられ、1992年には最高速度が95キロメートル毎時に引き上げられた。JR九州が導入した緑色の特徴的な観光特急「ゆふいんの森」は、博多から久留米を経て温泉地の由布院へと走り、通常の特急「ゆふ」とともに運行されている。当線にはかつて途中2か所に分岐線があり、夜明駅で日田彦山線が、恵良駅で宮原線が分岐していたが、宮原線は1984年12月1日に廃止され、日田彦山線も2023年8月28日にバス高速輸送システム(日田彦山線BRT)へ転換されたため、久大本線から分岐する鉄道路線はなくなった。その結果、当線は九州新幹線を除けば、途中に分岐路線のない在来線として九州内で最長の路線となっている。

山がちで川沿いを縫う地形を走るため、当線は豪雨により幾度も寸断されてきた。2012年7月の平成24年7月九州北部豪雨では筑後吉井 - 日田間が被災して路盤が流失し、隈上川橋梁の橋脚が沈下するなどして久留米 - 日田間が不通となったが、全線は2012年8月25日までに復旧した。最も大きな被害は2017年7月5日の平成29年7月九州北部豪雨によるもので、光岡駅 - 日田駅間で花月川に架かる鉄橋が流失し、路線中央部が不通となってバス代行輸送が行われた。花月川橋梁は架け替えられ、災害からおよそ1年後の2018年7月14日に久大本線は全線で運転を再開した。その後も2020年7月、2021年8月、2023年7月の豪雨により一時運行が中断されたが、その都度復旧している。

年表

  • 191510月30日:大湯鉄道が将来の路線の大分側で最初の区間、大分市駅 - 小野屋駅間を開業。
  • 192212月1日:大湯鉄道が買収・国有化され、大分 - 小野屋間が官設の大湯線となる。
  • 19239月29日:大湯線が小野屋駅から湯平駅まで延伸開業。
  • 192812月24日:久留米側で久大線として久留米駅 - 筑後吉井駅間が開業。
  • 19339月29日:大湯線が天ケ瀬駅まで達し、大分側からの西進が完了。
  • 193411月15日:日田 - 天ケ瀬間が開業して大湯線が久大線に編入され、久留米 - 大分間の九州横断ルートが全通。
  • 19376月27日:接続する宮原線の開業に伴い、久大線が幹線に昇格して久大本線と改称。
  • 19536月26日:昭和28年西日本水害により壊滅的な被害を受けて運休し、8月8日に復旧。
  • 1970久大本線での蒸気機関車の運用が廃止され、無煙化される。
  • 19841月20日に天ケ瀬 - 大分間、2月15日に久留米 - 豊後三芳間と、2回に分けて全線に列車集中制御装置(CTC)を導入。
  • 19874月1日:全線の貨物営業が廃止され、国鉄分割民営化により九州旅客鉄道(JR九州)が承継。
  • 19883月15日:路線愛称を「ゆふ高原線」とすることが発表される。
  • 19927月15日:最高速度を95km/hに引き上げ。
  • 20127月:平成24年7月九州北部豪雨により久留米 - 日田間が不通となり、8月25日までに全線復旧。
  • 20177月5日:平成29年7月九州北部豪雨により、光岡駅 - 日田駅間の花月川に架かる鉄橋が流失し、路線中央部が不通となる。
  • 20187月14日:花月川橋梁が架け替えられ、流失からおよそ1年後に久大本線が全線で運転を再開。

出典