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4号線丸ノ内線

Marunouchi Line

丸ノ内線は、東京地下鉄(東京メトロ)が運営する東京の地下鉄路線である。本線は山手線の内側を大きく「コ」の字形に走り、豊島区の池袋駅から都心・新宿を経て、杉並区の荻窪駅まで西へ延びる。中野坂上駅で分岐する短い支線が方南町駅へと至る。本線は24.2キロメートル、分岐線は3.2キロメートルで、路線全体では27.4キロメートル、駅数は合わせて28駅である。日本の地下鉄としては珍しく1,435ミリメートルの標準軌で建設され、第三軌条方式により直流600ボルトで電化されているが、これは先に開業した銀座線と共通する特徴である。路線図や乗り換え案内などではスカーレット(赤)で示され、路線記号は本線がM、分岐線がMbである。

東京港区中野区新宿区渋谷区5 km
4号線丸ノ内線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は、日本初の地下鉄である銀座線を先に完成させていた帝都高速度交通営団(営団)の2番目の路線であった。営団は銀座線と同じ第三軌条集電方式を採用し、当初は直流750ボルトで電化する計画であったが、新線が銀座線と変電所を共用すること、また銀座線の車両基地の収容力不足が深刻であったことから、銀座線と同じ直流600ボルトを採用することとなった。路線には「4号線」という正式名称が与えられていた。

最初の区間は1954年1月20日、池袋(仮駅)と御茶ノ水の間の6.4キロメートルが開業した。開業時、これは営団自身の銀座線、および大阪市営地下鉄の御堂筋線・四つ橋線に次ぐ、日本で4番目に建設された地下鉄であった。その後、路線は短い区間ごとに南へ西へと延びていった。1956年3月に御茶ノ水 - 淡路町、同年7月に淡路町 - 東京、1957年12月に東京 - 西銀座(現在の銀座)、1958年10月に西銀座 - 霞ケ関、そして1959年3月に霞ケ関 - 新宿(仮駅)が開業した。

新宿以西の延伸は、別個に建設・命名された。1960年から新宿以西の区間は「荻窪線」と呼称された。1961年2月8日には二つの区間が同時に開業し、直通する本線側の新宿 - 新中野間(3.0キロメートル)と、のちに分岐線となる中野坂上 - 中野富士見町間(1.9キロメートル)が開通した。西への延伸は、1961年11月の新中野 - 南阿佐ケ谷間に続き、1962年1月23日に南阿佐ケ谷 - 荻窪間が開業して新宿 - 荻窪間が全通し、同日から6両編成の運転が始まった。

路線網は1962年3月23日に完成し、この日に中野富士見町 - 方南町間(1.3キロメートル)が開業して荻窪線が全線開通した。新宿 - 方南町間の支線は、通称・方南町支線と呼ばれ、当初は荻窪線の一部として運行されていたが、1972年4月1日に荻窪線の名称が廃止され、全線が「丸ノ内線」の名称に統一された。

当初の車両である300形・400形・500形・900形は1954年の開業時から使用され、1996年まで運行された。これらの車両の多くは、のちに売却されてアルゼンチンのブエノスアイレス地下鉄B線で使用するために輸出された。これに代わる02系の6両編成は1988年10月17日に営業運転を開始し、分岐線で最後の500形が引退した1996年7月18日をもって、旧形車は丸ノ内線から全廃された。さらにその02系を置き換える2000系が2019年2月23日に営業運転を開始した。方南町支線の3両編成の02系は2022年9月まで運行された。

営団の時代は2004年4月1日に終わり、帝都高速度交通営団の民営化に伴い、路線・駅・車両・関連施設は新たな東京地下鉄株式会社に承継された。路線は段階的に自動化が進められ、2008年12月27日に池袋 - 荻窪間の本線で自動列車運転装置(ATO)の運転が始まり、2009年3月28日には同区間でワンマン運転が開始され、2010年5月には分岐線の3両編成列車にもATO運転が拡大された。2024年12月7日には、全線で無線式列車制御システム(CBTCシステム)の使用が開始された。

年表

  • 19541月20日:池袋(仮駅) - 御茶ノ水間(6.4 km)が最初の区間として開業。銀座線、大阪の御堂筋線・四つ橋線に次ぐ日本4番目の地下鉄。300形が営業を開始。
  • 19563月:御茶ノ水 - 淡路町間(0.8 km)開業。7月:淡路町 - 東京間(1.4 km)開業。
  • 195712月:東京 - 西銀座(現・銀座)間(1.1 km)開業。
  • 195810月:西銀座(銀座) - 霞ケ関間(1.1 km)開業。
  • 19593月:霞ケ関 - 新宿(仮駅)間(5.8 km)開業。
  • 196010月21日:4号線の新宿以西を「荻窪線」と呼称することが決定される。
  • 19612月8日:荻窪線の新宿 - 新中野間(3.0 km)・中野坂上 - 中野富士見町間(1.9 km)が同時開業。11月1日:新中野 - 南阿佐ケ谷間(3.1 km)開業。
  • 19621月23日:南阿佐ケ谷 - 荻窪間(1.5 km)開業、新宿 - 荻窪間が全通。6両編成の運転を開始。3月23日:中野富士見町 - 方南町間(1.3 km)開業、荻窪線全線開通。
  • 19724月1日:「荻窪線」の名称を廃止し、全線を「丸ノ内線」に名称統一。
  • 198810月17日:02系電車が営業運転を開始し、当初の300形・400形・500形・900形の置き換えが始まる。
  • 19967月18日:分岐線で最後の500形車両の営業運転を終了し、丸ノ内線から旧形車が全廃される。旧形車の多くは、のちにブエノスアイレス地下鉄B線で使用するため輸出された。
  • 20044月1日:帝都高速度交通営団の民営化により、路線・駅・車両・施設が東京地下鉄(東京メトロ)に承継される。
  • 200812月27日:池袋 - 荻窪間の本線で自動列車運転装置(ATO)の運転を開始。
  • 20093月28日:池袋 - 荻窪間全線でワンマン運転を開始。
  • 20192月23日:2000系電車が営業運転を開始し、02系の置き換えが始まる。
  • 202412月7日:全線で無線式列車制御システム(CBTCシステム)の使用を開始。

出典