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身延線

Minobu Line

身延線(みのぶせん)は、東海旅客鉄道(JR東海)が運営する営業キロ88.4キロメートルの鉄道路線で、東海道本線の静岡県富士市にある富士駅を起点に、富士川の谷沿いに北上し、中央本線の山梨県甲府市にある甲府駅へと至り、その間に39の駅を持つ。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、全線が直流1,500ボルトの架空電車線方式で電化されている。静岡と山梨の間の山地を越えて東海道と中央の両幹線を結ぶことで、太平洋岸と甲府盆地を結ぶ最短の鉄道経路となっている。

身延線の路線図 · 県境: 国土数値情報(国交省)

歴史

この路線が通る谷は古くからの輸送の動脈であった。明治期に入っても甲府盆地と駿河湾の間の物流は富士川の舟運によって担われ、その川の物流は19世紀後半に最盛期を迎えていた。これに代わる鉄道は数十年にわたって計画されたが、中央線は富士川沿いではなく八王子経由のルートが採用され、1903年に甲府まで開通した。実際にこの谷に最初に敷かれた線路は、幹線鉄道のものではなく富士馬車鉄道のもので、同社は1890年6月26日に東海道本線の鈴川(現在の吉原)から、現在の路線の南端にあたる大宮(現在の富士宮)までの馬車鉄道を開業した。

鉄道としてのこの路線は、富士急行の創業者である堀内良平が計画し、甲州財閥系の資本家が支援した私鉄、富士身延鉄道の事業であった。同社は1912年4月26日に設立され、馬車鉄道事業者の路線を譲り受けた。1913年7月20日には富士 - 大宮町(現在の富士宮)間に蒸気鉄道を開業してその区間の馬車鉄道に代え、以後谷沿いに北へと順次延伸し、日蓮宗の大寺である久遠寺のある身延に1920年5月18日に達した。

電化が決定されて全線にわたって実施され、1927年6月20日には富士 - 身延間が電化されて電車運転が始まり、以後に開通した区間は当初から電化された。鉄道は身延の先へと進み、1927年12月には市川大門まで開業し、1928年3月30日には最後の市川大門 - 甲府間が開通して富士から甲府までの全線が開通した。当時、甲府 - 富士間の所要時間は約3時間であった。

富士身延鉄道の経営は芳しくなく、全線開通の10年後の1938年10月1日に路線は政府に借り上げられ、鉄道省の管理下に入った。そして1941年5月1日に国有化され、国営の身延線となった。国有化後、この路線初の優等列車は1960年代に登場し、準急「富士川」が1964年3月20日に富士 - 甲府間で運転を開始し、同年に東海道新幹線が開業すると、接続のため運転区間が静岡まで延長された。

富士側の南の取付部は大きく作り替えられた。1969年から全線単線であった身延線の富士 - 富士宮間が複線化され、その工事の一環として1969年9月28日に富士 - 入山瀬間が経路変更され高架化されるとともに、富士の分岐が付け替えられて、東京方面から到着する団体列車や直通列車がスイッチバックを要しないように改められた。高架化により国道1号との踏切の渋滞も緩和された。富士 - 富士宮間の複線化は1974年9月27日に完成した。

列車集中制御装置(CTC)は1982年2月25日に全線で使用が開始された。国鉄の分割民営化に伴い、1987年4月1日に東海旅客鉄道が身延線の運営を引き継ぎ、同日に日本貨物鉄道が東花輪 - 甲府間の第二種鉄道事業者となる一方、富士 - 東花輪間の貨物営業は廃止された。1980年代後半以降は利用者の減少を受けて、1両編成の列車やワンマン運転の導入、駅の営業縮小などの合理化が進められた。

現在、身延線は1995年10月1日に急行から格上げされ、373系電車で富士を経由して甲府 - 静岡間を結ぶ特急「ふじかわ」と、313系・211系電車で運転される各駅停車の普通列車を走らせている。普通列車は、その間の山間部に比べて富士 - 西富士宮間および鰍沢口 - 甲府間で運転本数が多い。富士山の西麓の山あいと富士川沿いを走るこの路線は、富士・富士宮・甲府の各都市を結び、中部地方のこの地域を通って東海道本線と中央本線を結ぶ主要な鉄道連絡路であり続けている。

年表

  • 18906月26日:富士馬車鉄道が東海道本線の鈴川(現在の吉原) - 大宮(現在の富士宮)間に馬車鉄道を開業。現在の路線の南端にあたる。
  • 19124月26日:私鉄の富士身延鉄道が設立され、馬車鉄道事業者の路線を譲り受ける。
  • 19137月20日:富士身延鉄道が富士 - 大宮町(現在の富士宮)間に蒸気鉄道を開業し、その区間の馬車鉄道に代える。
  • 19205月18日:身延まで延伸し、日蓮宗の大寺である久遠寺に達する。
  • 19276月20日:富士 - 身延間が電化され電車運転を開始。12月17日には市川大門まで延伸。
  • 19283月30日:市川大門 - 甲府間が開通して富士 - 甲府間が全通。当時の甲府 - 富士間の所要時間は約3時間。
  • 193810月1日:全線開通の10年後、路線が政府に借り上げられ、鉄道省の管理下に入る。
  • 19415月1日:国有化され、国営の身延線となる。
  • 19643月20日:身延線初の優等列車として準急「富士川」が富士 - 甲府間で運転を開始。
  • 19699月28日:富士 - 入山瀬間が経路変更・高架化され、富士の分岐が付け替えられて東京方面からの列車がスイッチバックを要しないように改められる。富士 - 富士宮間の複線化が進行。
  • 19749月27日:富士 - 富士宮間の複線化が完成。
  • 19822月25日:列車集中制御装置(CTC)が全線で使用開始。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が継承。日本貨物鉄道が東花輪 - 甲府間の第二種鉄道事業者となり、富士 - 東花輪間の貨物営業は廃止される。
  • 199510月1日:急行「富士川」が廃止され、特急「ふじかわ」へ格上げ。富士を経由して甲府 - 静岡間を結ぶ。

出典